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●水色の太陽 第四章 @

記事No.159  -  投稿者 : one
2011/04/26(火)10:44  -  [編集]

第四章

『覚醒』

ギシ ギシ…、
ギシ ギシ…。

スプリングが軋む音がする。
よく耳を澄ますと、その一定間隔で響く鈍い音に合わせるように、グチュ、グチュという卑猥な水音と、小さな、人の、呻きのような、喘ぎのような、そんな声が聞こえた。
武人は、その聞き慣れない音声と、下半身に感じる違和感の為に眼を開けた。
眼に映ったのは、自分の下半に跨がる誰か。顔は、髪でよく見えない。汗だくになって、武人の上でうごめいていた。武人の胸に手を置いて、無心に腰を振っている。
その妖美さから、一瞬女のようにも見えたが、胸の膨らみは無いし、腹筋は綺麗に割れている。何より、それの下腹に隆々と起立するものは、女性には決して付随しないものだ。
その天を向いて隆起したものの先からは、透明な液が溢れ、武人の腹に糸を引いている。スプリングの軋みと同時にその起立も上下し、また、武人自身のそれにも電撃のような快感を与えた。恐らく、武人のものは『彼』の中にあるのだろう。
男同士なんて、考えた事も無かったが、その光景は十分過ぎる程に淫乱で、武人に大きな興奮を与えた。
『彼』が一度大きく動いた時、武人は堪らなくて「うっ!」と声をあげてしまった。それに気付いて、『彼』は顔をあげた。
「…起きたのか?」
乱れた息の中で『彼』はそう言った。スプリングの軋みと卑猥な水音は依然鳴り続ける。
「…誰?」
そう武人が聞くと、また『彼』は大きく動いた。武人もまた堪えきれなくて声をあげる。
「…俺だよ。」
そして、その見覚えのある顔はうっすらと笑った。
「進藤…先輩…?…なんで…うっ!」
心なしか、さっきより軋みのペースが上がった気がした。
武人はその『夕』の身体に手を伸ばした。汗でしっとりと濡れている。彼の充血したペニスからはとめどなく先走りが溢れていた。
「…なんでって、…お前が望んだんじゃないか。…こうしたかったんだろ?…だから、だよ…。」
俺が…?
武人は自問しながら、無意識に『夕』の先走りでどろどろのそれに触れた。瞬間『夕』はビクッと反応して「あっ!」と大きな声を上げた。それと同時に中も締まって、武人にも電撃が走る。
「ダメだよ、武人…。触っちゃダメだ…。もうヤバイんだよ…。お前のでっかいのが、俺の気持ちいいとこにゴリゴリ当たって、今にもイキそうなんだ…。」
『夕』は乱れた声で、淫乱な目つきでそう懇願した。武人もそろそろイキそうだ。無意識に武人も腰を動かす。二人の喘ぎが大きくなる。
「…なぁ、武人、俺ん中、どう?気持ちいいだろ?ぎゅうぎゅう締まってさ…。…そろそろ、イクんじゃねぇ…?なぁ。」
夕はそう言うと、身体を少し後ろに倒して、腰を突き出し、まるでペニスを強調するような体勢になった。
血管が脈打ち、大きく天を指すそれは先走りに濡れて光沢を放っている。武人はその淫乱な情景に息を飲んだ。『夕』の中にある自分が、ますます硬くなった気がする。武人は、我慢出来なくなってその突起に手を伸ばした。
「ぅあ!?無理だって!やめろ!」
先走りに濡れたそれは滑りがよく、上下に扱くとぐちゃぐちゃと卑猥な音が鳴る。そして武人を包む空間はますます縮んだ。
「あ〜!!無理無理!ダメだ!ダメ!あっあん、あっあっあ…。」
『夕』は天を仰いで、狂ったように喘ぐ。武人の手の中で彼のペニスはどんどん暈を増した。
「先輩…、一緒に…。俺も、もうイキます…!!」
「いっくぅ…、あーー!!」
『夕』の絶叫と共に、彼のペニスは凄い勢いで白濁液を噴射した。幾度となく溢れ出るそれは、留まるところを知らない。
二発、三発と『夕』自身の胸や腹、顔に打ち付け、振動でぶれた拍子に武人の顔や胸にもかかった。武人自身も、大量の精液を『夕』の中に放出していた。

そして、仕切に鳴っていたベッドの軋みは、いつの間にか目覚ましのアラームに変わっていて、武人は『ヤバイ!!』という気持ちの中目を覚ましたのだった。
そこには夕の姿は何処にも無く、有るのは自分の下半身の不快感だけ。
『やってしまった…。』
武人は布団の中でその惨事を確認する。それはもはや大洪水を喫していて、下着は再起不能で漏れた液がシーツまで濡らしていた。
「…む…夢精とか、何年ぶりだよ…。」
どうやら発射したのはつい今しがたらしく武人のものはまだ硬いままでびくびくと脈打っている。快感の余韻もまだ残っていた。
「そういえば最近オナニー全然してなかったなぁ〜。」
武人はベッド脇のティッシュで応急処置をしながら、そう独りごちた。どうも最近はアダルト雑誌を開いてみてもイマイチ興奮しなくて、以前は毎日欠かさず行っていたマスターベーションもご無沙汰だったのだ。

応急処置が終わって、ベッドに腰掛けて武人はさっきの夢の内容を思い出してみた。
『確か、進藤先輩だったよな…。騎乗位で…俺が…、先輩のチンコ扱いて…。』
思い返すと、とてもヤバイ夢をみたんじゃないかと、そんな気になった。なんせ、相手は男で他校の先輩。クールで、あんな淫乱な事は絶対言わないしやらない。
…ふと、武人はあの夢の中で夕が言っていた台詞をどこかで聞いた気がした。
確か…。武人はベッドの下に放置してある、昨日見ていたアダルト雑誌を手に取って、パラパラとめくってみた。
その中のある官能小説のあるシーンにこんな台詞があったのだ。

「ダメだよ、裕介…。触っちゃダメ…。もうヤバイの…。裕介のでっかいのが、私の気持ちいいとこにゴリゴリ当たって、もうイキそう…。」
「…ねぇ、裕介、私の中、どう?気持ちいいでしょ?ぎゅうぎゅう締まってさ…。…そろそろ、イクんじゃない…?ねぇ。」

「ってあれ美香ちゃんの台詞のまんまじゃね〜か!」
武人はそう心の中で叫んで、今の今まで自分が呑気に寝ていたベッドに身体を預けた。そして武人は自分を軽く軽蔑するのだった。なんだか、尊敬する先輩を酷く汚してしまったようで…。
それと同時に、男とセックスをする夢を見てしまった事に、とてつもない疑念を抱いた。
『…俺は、先輩を、どう見てる…?』
天井を見定める武人の脳裏に、すっと一つの答えが浮かんだが、武人はその答えをすぐに否定した。
何かの間違いだ、と武人は自分の心に言い聞かせて、自分の液でぐちゃぐちゃの下着を持って洗面所に向かった。


洗面所で件の下着を洗っていると、背後から声をかけられた。
「おーっす、武人。今日はランニングいかないのかー。」
父親の建造だった。建造は一般的なサラリーマンで、勤め先が少々遠い為にいつもこのくらいの時間には出勤している。
武人は特にびっくりするでもなく「おはよー。んー、今日はそれどころじゃ無いんだよねー。」と振り向きもせずに言った。
「んー?お前何洗ってんだ?」
「パンツ。」
「なんだ、お前高校二年にもなって夢精か!ちゃんと毎日やらねぇからだぞ!」
「うるせー。」
「…んでどんな夢だ!?香奈ちゃんか??」
「ちげーよ!!…もう、さっさと会社行け!」
「なんだとー?全く、父さんに言う台詞かよぉ…。」
とかなんとかぶつぶつ言いながら建造はようやくキッチンに向かって行った。
「ったく、父親が言う台詞かっつうの。」
武人はひとしきり洗い終えたその下着を、洗濯機の中にほうり込んだ。そしてまた自室に引き返した。
その途中、『香奈ちゃんか??』という建造の言葉を思い出した。そしてしばらく考えて、「普通、そうだよな。」と、小さくぼやいた。



家を出てからずっと、今朝の夢の事が頭から離れない。電車に揺られながら、武人はずっと考えていた。あの夢の内容は武人にとってとても奇異なものだ。自分が男である夕と体を重ねる夢を見るなんて、どんな脳内環境してるんだと自分を疑いたくなる。しかもそんな夢で有り得ない程射精してしまっているのは、一体どういうことだ。
『…まさか…、俺って、ホモ…。』
そう思ったらさーっと血の気が引いて行った。一人で頭を抱えて悶えていたら、目の前で携帯電話を触っていた香奈に「何してんの?」と突っ込まれた。武人は慌てて「いや、なんでもないっす。」とはぐらかした。香奈は怪訝に武人を見遣ると、「あ、そう。」と言ってまた携帯電話に視線を落とす。
それを見て武人は安心した。相手が香奈といえどもちょっとこれは相談出来ない。ヘビー過ぎる。
とは言っても、武人は自分が同性に興味があるとは露にも思えないのだ。
いままで散々女性で自慰をしてきたし、隣に立っている男子を見ても何も感じない。むしろ気持ち悪く感じる。
しかし夕はどうだ?確かに最近は夕の事ばかり考えていて、夕はかっこよくて綺麗でかわいい…なんて思う。気持ち悪いなんて全く思わない。
実は初めて彼の自宅に行った時、雨に濡れて服を脱いだ夕の身体にくぎづけになってしまったのを覚えている。
あの時は単にその鍛えられた肉体に感動しただけだと思ったが、今思えばそれは違うのではないか。そんな気がする。なんだか、夕の筋肉質なのに細い腰のくびれや、コンパクトで硬そうな胸板の中にある小さな乳首、八つに割れた腹筋のライン、そしてそのラインの下端…。そう思った瞬間武人の脳裏に今朝の夢の中の夕がフラッシュバックした。
恍惚とした表情で自分を誘って来た夕。めちゃくちゃにエロかった…。そして天を指す雄の性器。本来なら願い下げだが、夕のそれには恐ろしく興奮した。極めつけは、夕の中。あの感触が未だに生々しく残っている…。武人はまた自分の下半に熱が集まるのを感じた。
『まずい…』
ここは登校中の電車の中で、目の前には香奈が座っている。しかももう寸分と待たずに目的地に着いてしまう。嫌な汗が滲んで来た。さりげなくエナメルバックを膝に置いて、別の事を考える。最近習ったばかりの公式とか今週一杯の晩御飯のメニューとか、いろいろ思い浮かべて見るが、そうすればそうするほど『あの事』が頭に浮かんで来てますますそれは体積を増して行く。
『まずいまずいまずい…!!治まれ〜、治まれ〜!』
心の中で叫ぶが、効果は無い。こういう時に限ってそういうものは治らないのが世の常なのだ。
ふと香奈を見たら、すごい目で武人を見ていた。
「…どうしたの?なんかそわそわしてるけど…、トイレ?」
「…え!?いや!なんでもない!なんでもないです。ハイ。」
そうこうしていたら駅に着いてしまった。
…どうしよう…。


「ねぇ、なんか今日特に変じゃない?なんか目泳いでるし、てゆうか、バッグいつもそんな担ぎ方してたっけ?…歩き難そうだけど。」
電車を降りて学校に向かう道中、香奈は奇怪なものでも見るような目でそう言った。それもそのはずで、その武人のバッグの担ぎ方は明らかに不自然だ。
「いや、いつも通りだって!たまにはエナメル前に担ぎたい時もあるよ!うん。なんか、あれだ。駅弁売ってる人の気持ちになれるんだよ!」
ぼすぼすと、歩く度にエナメルバッグが前に出す足に当たって歩きにくい。
しかしこれを後ろに回す訳にはいかなかった。なんせそれで隠さない事には股間のテントがまる見えになってしまう。
今朝あんなに出ていたにも関わらず武人のそれは全く衰えておらず、むしろ今自分で言った「駅弁」と言う言葉にも変な妄想をしてしまいあられもない状況だった。
「…変なの。まぁいいけど。てか歩くの遅いよ。」
武人は「アハハ…。」と笑うしかなかった。


学校に入る頃にはその男性特有の生理現象もある程度収まっていた。
教室の前で香奈と別れて、武人は自分の教室、一組のドアを開けた。四方から聞こえる「オハヨー」に武人は「おーっす」一つを返す。…しかし、今日はその声がなんだかいつもより少ない気がした。
自分の机の横にバッグを置いて、武人はその違和感の種を探した。教室をさっと見渡して、そして気付いた。武人の机は廊下側の前から二番目、そこから見える真ん中左の列の最後尾、それは明らかにおかしい。いつもならうるさいくらいに騒いでいる筈のあの辰巳が、机に突っ伏して黙っているのだ。
寝ているのか?とも思ったが、よく見ると目は開いていて、前の席の椅子をぼーっと眺めている。
武人は辰巳がそんなふうにしているのを今まで見た事が無かった。何か悪いものが憑いたとしか思えない。
なんとなく近寄りがたい雰囲気だったので、窓際の一番前の席に座って外を眺めている彰に声をかけた。彰はよくそのグラウンドと街の片鱗しか見えないつまらない風景を見ている事があったので、こちらに違和感はあまり覚えなかったからだ。
「なぁなぁアキラ、あいつ何があった?なんかめちゃくちゃおかしくねー?」
その声に彰はこっちを振り向いたのだが、武人はすこし驚いた。
彼の目の下には酷い隈があって、見るからに昨日一睡もしていません、というふうだった。彰はちらっと辰巳の方を見て、少し黙ってから「さぁ。わかんね。」とだけ言ってまた窓の外に視線を移してしまった。
なんだか彰も少しおかしい。
そう、いつもなら辰巳に何か悪態をついている筈だ。
『あんな馬鹿ほっとけばいいんだよ。どうせ馬鹿みたいな事考えてるんだから。』
とかそういった返答を武人は期待していたのだった。
「…なぁアキラお前すっごい顔してるけど、昨日寝た?」
武人は少し遠慮がちにそう聞いてみた。
彰は窓を眺めたまま答える。
「んー、寝てない。…寝れなかった。」
「なんで?」
「…別にいいじゃん。なんでか、だよ。」
そう言った所で予鈴が鳴った。
武人は二人の様子がおかしいのを気にしながらも、自分の席に戻った。

ショートホームと一時間目の英語の授業が終わって、武人はまたあの二人を見てみた。
すると、二人共さっきと全く変わらない体勢で依然ぼーっとしている。授業中も何度か見たが、やっぱり全く動かなかった。
彰はともかく、辰巳のその様子に担任の岡田も英語の米村も「辻岡なんかあったのか?」と聞いていたが、本人は「う〜っす」という意味の分からない返事しかしなかった。
あんまり辰巳がそれしか言わないので、先生達はすぐ深い詮索はしなくなった。
同じクラスの同級生達も、二人の様子を仕切に囁くようになって、何人かはこそこそと二人と親密な武人に真相を聞きにきたりしたが、武人も知らない事を聞くと残念そうに帰って行った。
なんにしろこれはおかしい。
彰はああ言っていたが、恐らく二人の間で何かあったのだろうと、武人は思った。
あの二人は今までもよく喧嘩していた。
でもとても仲が良かった。喧嘩してもすぐに仲直りするのだ。。
彰は辰巳の事をよく馬鹿にする。でもそれは不器用な彰なりのコミュニケーションの取り方なんだと武人は確信していたし、辰巳もそれは分かっていたと思う。
だから、武人は今回もすぐに治まるだろうと思った。
ただ、武人はこれまでに二人のあんな状態を見た事は無かったから、そこだけは気掛かりだった。


二時間目が終了した休み時間、次は体育なので武人は体操着に着替えていた。白地のTシャツで、背中に学校の名前のアルファベット、左の胸付近に自分の名前の書かれた体操着。下は青地のハーフパンツだ。
その時は二人共さすがに仕方ないようで着替えていた。武人はそれに少し安心した。
というか、少し考えていたら、なんだか武人はある重大な事に気付いた。
『俺、どうすればいいんだ?』
よく考えたらめちゃくちゃ気まずいということに気付いた。
いつも体育とか移動教室ものは三人で行動していただけに、自分の置き位置をどうすればよいのか皆目見当も付かない。
…でも、武人はやっぱり彰に声をかけた。
彰は少し神経質な部分があって、一人のけ者にされたらますます傷付いてしまう。対して辰巳は図太い神経をしているので、一人でもやっていけるだろうと武人は踏んだのだ。
「お〜い、アキラ。行こうぜ。」
出来るだけ軽く声をかけた。
彰は「うん。」とだけ言うとぼそぼそと武人の後ろを付いて来た。その時、彰がちらっと辰巳の方を見た事に武人は気付いた。すぐに視線を落としたが、なんだか淋しそうな目をしていた。
その後辰巳は同じクラスのサッカー部の奴と歩いているのを見たので、武人は自分の判断が間違っていなかったと安堵した。

自分達の教室を出てもう一つ教室を過ぎると階段がある。武人達は一組なので、教室の配置的には玄関から一番遠い。しかも配管の関係で空調の効きも劣悪だっ た。この教室の生徒はそのことについてよく文句を言っている。「一番進学クラスの俺達がなんで一番悪い教室にいなきゃならないんだ」と。武人はそれについてはまぁ言い分はわかるけど、ぶっちゃけどうでもいいと思っていた。
階段を降りながら、付近に誰も居ないのを確認して武人は彰に聞いてみた。
「タツと何かあったのか?」
彰は押し黙ったまま何も言わない。
「また喧嘩?」
そういうと、彰はやっと「そんなんじゃない。」とだけ言った。
「じゃあ何?」
「べつにいいだろ。」
後は何を聞いても何も言わなかった。

玄関で靴を内履きから外履きに履き変えている途中、彰が少しふらついた。
武人は「ちょ、アキラ大丈夫かよ!?」とすぐに身体を支えてやったが、すぐに持ち直したみたいで、アキラは普通に歩き出した。
「サンキュ。ちょっと目眩がしただけ。心配すんな。」
そう言って腫らした目で笑顔を見せたが、武人は心配でならなかった。
「保健室行った方が…。」
「大丈夫だって言ってんじゃん、ばーか。」
そういってさっさと外に行ってしまった。武人は急いでそれを追い掛けた。

体育の授業は最近はずっとサッカーをしていた。一、二組の合同授業なので4チーム作って、一時間ずっと試合をし続けるという楽しみな授業だから、武人はこの時間をいつも心待ちにしていた。
武人は足が速いし基本的にどんなスポーツも(水泳を除いて)こなすから、サッカー部並とは言わなくともとても活躍していた。体育の成績はいつも5段階で5だった(水泳の時以外)。
まぁ言うまでもなくサッカー部である辰巳は上手い。そればかりか、辰巳はサッカー部の中でも二年では随一な上手さらしかった。
とは言ってもいつもの授業中にはおちゃらけているのでその上手さもよくは分からない。ただ、欲しいと思った所に必ず辰巳からのパスが来るのは、武人も気付いていた。
彰は運動能力は人並みなので、いつも体育の時はそんな二人に引け目を感じているようだった。

授業では武人と辰巳は同じコートで敵チームになった。彰はもう一つのコートに別れた。
この学校のグラウンドはサッカーコートを二面作っていて、フェンスで区切られている。
本来部活動になるともう一方は野球やソフトボールなど別の球技に使われるのだが、体育ではどちらもサッカーコートとして使っていた。
武人は彰が心配だったので、コートが別れて状態を把握出来ない事を不安に思った。

試合開始そうそう武人は一点取ってしまった。武人の駿足があって可能なことだ。
オフサイドラインぎりぎりにポジションを取ると、すぐに仲間から武人に向けたスルーパスが来る。もうこうなると事実上武人に走りで追いつける奴はそうそう居ないので、キーパーとの一対一になってしまう。
敵チームになると武人のこの技はもはや反則級なので、いつもブーイングされる。最近では「一試合に一回だけ」という不条理な暗黙の了解ができていたりする。
というわけで武人は最初にこれをやってしまい、見事点を取って行ったというわけだ。

それにしても、やはり今日は辰巳の調子が頗る悪い。
なんだか基本的にぼーっとしていて、いつもは絶対に一対一では抜けないのに今日はいとも簡単に抜けてしまった。
試合中何度も敵味方関係なく人にぶつかるし、ボールが顔面に直撃した時もあった。
その時は本人はへらへらしていたが、本調子でないことは火を見るより明らかだ。

そして授業が始まってから30分程が過ぎた頃だ。
事件は起こった。

別コートで何やら騒ぎが起きたようで、人が集まっていた。
それは見るからに非常事態で、先生もすぐに駆け付けていた。
情報が定かでは無くよく分からないが、誰かが試合中いきなり倒れたらしい。
武人の脳裏に、一抹の不安が過ぎる。
『まさか…。』
武人は心配になって、続行中のゲームを一人抜け出した。フェンスを一々回るのが面倒だったのでよじ登って乗り越えてしまった。
コートのセンターライン付近に人だかりが出来ていて、武人はすぐに駆け付けた。
人だかりを掻き分けると、その中心で今まさに担架に乗せられていたのは案の定、彰だった。

「アキラ!」

辰巳は遠くのコートから、ぼーっとその人だかりを見つめていた。
その身体は、微かに震えているようだった。



保健室は生徒玄関の前の廊下の突き当たりにある。そこに着くまでには職員室や事務室が並んでいて、この学校では一番人の通りの多い廊下だった。
武人は授業が終わると片付けもそぞろに、彰が倒れてから終始渋い顔をしている辰巳の手を引いてそんな人口密度の高い廊下を走った。武人達の慌てた様子に周りの人達はもの凄く驚いていたが、武人にはそんな事を気にしている余裕は無い。
「ちょっとスイマセン!」と何度も言いながら人を掻き分け、ようやくたどり着いた目的地の引き戸の窪みに手をかけた。
勢いよく戸を引くと、武人は間髪入れずに「アキラ!」と叫んだ。が、返って来たのは『パコーン!』という壮快な音と頭を叩かれた衝撃。傍らでは保健医の北嶋 三枝(みえ)がスリッパを片手にニコニコしながら立っていた。
「こんにちは。朝日君、辻岡君。ところでここは保健室。静かにして頂戴。寝てる子もいるの。」
武人は三枝の笑顔に殺気を感じて、小さく「あ、…ハイ。」と言って頭を下げた。

北嶋 三枝。この学校の教師陣では古株らしいが年齢は不祥。見た目は三十半ばでかなりの美人だが一説ではメスが入っているという事だ。その優しげな雰囲気とは裏腹、保健医のくせにものすごい鬼畜で有名な先生だった。
ちなみにスリッパで叩くのは三枝の得意技みたいなもので、彼女はスリッパを叩く為だけの道具か何かだと思っているらしく、スリッパは履かずに普段はサンダルを履いている。

「霜野君は奥で寝てるわ。心配しなくてもいいわよ。多分寝不足で貧血を起こしたのね。」
三枝はスリッパを靴棚に片付けると、白衣のポケットに手を突っ込んで未だ入口で立ち尽くす二人を尻目にとことこと歩いて行った。保健室の片隅に置かれている自分の机まで行くと、椅子に腰かけて脚を組んだ。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかしら。」
武人は「あ、はい。」と言ってまた辰巳の腕を引っ張った。
「最近彼、元気が無かったとか、そういうのあった?」
「ん〜昨日は普通だったっすね。今朝からでした。昨日寝れなかったって。」
「ふ〜ん。じゃあ何かストレスでもあったかしら。スポーツもしてる若い子が貧血で倒れるなんて中々無いのよ。」
「そうなんすか?」
「えぇ。一応、お家にも連絡したけど、彼、お父様しかいらっしゃらないのね。」
「そうっす。」

そんな問答がいくらか続いたが、辰巳はずっと下を向いたままだった。武人は、やはり辰巳は何か知っているのだと確信した。
帰り際、二人は彰の顔を見て行った。血の気の無い青い顔で、まるで何かに苦しんでいるかのような寝顔だった。



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