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秦汰編E「沼の竜と晴天の王子様」


記事No.108  -  投稿者 : Telecastic  -  2009/08/02(日)01:40  -  [編集]
 目をあけているのが怖い。目を閉じるのも怖い。そんな台詞をとあるホラー映画で聞いて、俺は「身動きのできない恐怖」というのを知った。どこにも逃げられず、誰にも助けを求められず。ただいずれ訪れてくるであろう恐怖に怯え、震え、戦慄する。
 そんな事を今思い返したのは、きっと自分がそういう状態だから。なんでだろう。俺はただ、夕方近くまでバンドの練習をして、携帯を教室に置きっぱなしにしてたのを思い出して取りに来ただけなのに。なんて間の悪い男なんだ、俺は。
「あのさ、神田君が私にそういう感情を持ってるっていうのには気付いてるよ。気持ちはすごく嬉しいし、神田君と一緒に居ると楽しいけど」
 俺は耳を塞いでしまいたくて、目を塞いだ。何故かというと、篠原さんの声によって涙の方がでてきそうになったからだ。
「でも、神田君は私の彼氏じゃないし、私は神田君の彼女じゃない。…こういう風に付き合うのだって嫌だし。」
 これは嬉し涙では決してない。当たり前だけど、悲しい涙だ。情けない涙だ。どうしてかはわからないけど、猛烈に自分という存在が虚しい。まるでピエロに感じる。何故だろう?
「…で、でも、僕の気持ち知ってるんだよね?」
「そうだけど。…でも、神田君、いつまで経っても告白してこないじゃん。なんか、周りに付き合ってるっぽいアピールするだけでさ。私達、クラスの皆だけじゃなくて学年全体で『公認カップル』って言われてるんだよ?」
 篠原さんは大層嫌そうな顔をしてるんだろう、声が迷惑と主張していた。きっと今一番悲しいのは神田君だろうに、俺は滝の様に流れようとする涙を必死にせき止めた。手できっちりダムを作ったおかげで涙は流れずにすんだが、悔しさや情けなさを外に出そうとする体がわずかに声を漏らし、息を荒げて、肩を小刻みに震わす。何が情けないって、それを必死に我慢している自分が一番情けない。
「嫌かな?僕と付き合ってるって言われるの」
「本当に付き合ってたら別に嫌じゃないけど。というか、ちゃんと付き合ってたらこんな風に公認カップルなんて馬鹿にされないよ。私、こういうノリ一番嫌いなんだよね」
 ああ、俺が篠原さんだったら、絶対にこんなこと言わないのに。普通に「私も好きだよ。ちゃんとはっきりさせたいから言うけど」とか言って、神田君が喜んで、キスしたりして…。神田君の大きくてゴツゴツした手に肩を抱かれて…。
 妄想を打ち消すように俺の左手は濡れていた。人差し指にちょっとだけついてた涙がシャツに吸い取られてる。それをぼんやり見ながら勃起している俺は、何がしたいのだろう。
「……」
 ついに神田君は黙ってしまったらしい。篠原さんはそんな神田君の情けない姿にイライラを更に募らせたようだ。小さく足を踏み鳴らす音が聞こえる。
「はっきり言うけど、貴方は私の彼氏じゃないから。それだけは勘違いしないで」
 キュッ、と踵を返す音が聞こえて俺は、咄嗟に近くのトイレに駆け込んだ。あまりに必死だったので女子トイレに入ってしまったが、夕方六時を過ぎた校内には殆ど生徒が残ってないのでなんとかやり過ごせた。篠原さんは起こった感じの足音を鳴らしながら荒々しく階段を降りていく。でも俺は、女子トイレの個室から出ることができなかった。それは当然、神田君が教室にまだ残っているから。それと、まだ勃起が収まらないから。
 今の俺は最高に惨めである。ずっと二人がくっついていくのが悔しくて、悲しかったのに、結局それは神田君ののれんに腕押し状態だっただけで。それを勘違いしてずっと堪えてきた自分が恥ずかしいし、そして何より、今篠原さんに振られて、俺にもチャンスがあるんじゃないかって思ってる事が一番惨めだ。その悦びに勃起しちゃってるんだろう。恥ずかしい。情けない。惨めだ。
 何がいけないんだろう?俺はただ、愛する人に愛してほしいだけなのに。支えたいから、守られたいだけなのに…。男が守られるのはイケナイのかな。かっこわりぃしな。うん。
 …いっそのこと、銀二君に乗り換えようかな。バンドがはじまってから、銀二君とはいい感じだし。なんかすごい気が合うし、好きな音楽とかもピッタリ一致で、周りからも「気が合うな、二人」とか言われるし。それか近藤もいいよな。なんだかんだいってイケメンだしあいつ、それに何か俺の事気にかけてくれてるっぽいし。こうやって失恋の痛みに震えてたら、多分あいつが何か慰めてくれて、そのまま…とかがわかりやすい構図だしな。
「黙れ!!!!!」
 今のは俺の声だ。心の声じゃない、ちょっとだけ、実際に出てしまったから。結局俺の恋心もこの程度だったんだろうか。すっげー、神田君のこと好きだって確信もってたし、多分一生好きだろうなとか、神田君のためなら死ねるとかも真剣に考えたのに。気がついたらバンドの練習前に銀二君との情事を想像してたり、帰り道で隣にいる近藤に色目つかったりしてる。なんとか七月中に決まったバンドメンバーにだって、俺は自分の感情を頭の中であてつけてる。都合のいい存在に。
 最低だ。結局俺はヤりたいだけかよ。結局、俺が今まで蔑んできたゲイの連中と同じじゃないか。とにかく抱かれたくて、むちゃくちゃにされたくて、愛されたい。しゃぶってほしくて、後ろから掘られたい。何だよ俺、何なんだよ俺。最低だよ。人間のクズだよ。神田君に愛される資格なんて、最初からないよ。

 死にたい…。



 嬉しい涙を流したばかりなのに、悲しい涙で震えている。秦汰は布団にうずくまり、極力声を出さずに泣いた。個室といえどもドアは薄く、壁もあまり防音効果がないため大きな音は割と響く。特にドアの上下には三センチ程の隙間があいているので、二階の住人には音が聞こえやすい。
 どれほどの音が漏れるのかは秦汰が実験済みで、ドアの近くで静かに耳を立てたら向かいの部屋から途切れ途切れに吐き出される荒い息が聞こえてきた。おそらく晴樹が腹筋をしていたのだろう、そんな割と小さめの音も耳を澄ませば聞こえてきてしまうので、秦汰は常に音を出さないように生活していた。
 特に自分のプライベートは独り言や一人演技などといった恥ずかしいものが多いので、かなり気を遣っている。こうして泣く事も多いし。だが今回ばかりは、我慢できなかった。こんなに抑えきれないほど泣きたいのは初めてだ。初恋の人の初恋(だったはず)が敗れた時もキチンと抑えられたのに。
 やはり幸せから不幸に突き落とされる時が一番辛いんだな、と秦汰は考える。そうやって無駄な論理に思考を費やすと少しだけ涙が緩和される。それは涙と友達と言ってもいい泣き虫な秦汰が編み出した経験による技だ。だが今回はそれすらも一蹴されてしまう。どれだけ言葉で埋めても晴樹と由美香が腕を組んでいる姿が消える訳ではなかった。
(手をつながれてたらここまで悲しくなかったかな)
 実際のところはどうだろう。いや、同じだな。どちらも友人相手にはあまりするものじゃない。少なくとも、恋愛感情が幾許かはなければできない行為だろう。要するに晴樹も「その気」だったわけだ。しかも、自分とのはじめてのデートをドタキャンして。
 そういえば何故晴樹は自分とのデートをあのタイミングでキャンセルしたのだろう?もし由美香とデートするつもりだったのなら、もっと事前に断っておけばこうならなかったはずだ。いや、こんな悪い奇跡が起こるとは考えなくても、普通にその方が面倒がないはずだ、俺が最近ずっと部屋にひきこもってるのを知ってる訳だし。なら何故、晴樹はあんなタイミングで断ったのだろう?もしかして…
 その先は考えられない。だがそれは、希望を持つ自分がみっともないとかではない。本当に何もわからないのだ。疑問ばかり浮かんできても、それを結論付けられないのだ。こんなことは初めてだ。何もかも初めてだらけで混乱してしまっているのだろう。初めての同性との交際(お試し)、初めての同性との性行為、初めての同性とのデート、そして初めての同性からの失恋。
「うぅぅ…」
 こんなに声を漏らして泣くのも初めてだった。ルームシェアを始めてから何度の初めてを体験した事だろう。プライバシーがないなぁ、怖いなあ。杉本さんって格好いいなあ。皆川さんも綺麗だし。明るくて楽しい、何も考えられずにいられる。大下 晴樹。そうだ、由希子もルームシェアに参加させよう。武と由希子が付き合えば、すごくお似合いになるだろうなぁ…。
 晴樹と由美香もお似合いだ。フラッシュバックのように目に焼きついた映像を浮かび上がらせる。秦汰はまた崩れるように泣いた。顔がひしゃげて、声が漏れて、子供のように号泣する。
(これ、立ち直れるかな…)
 秦汰は少し不安になった。今は完全に後ろ向きな考えしかできないため、その問いにも即答で「無理だ」と主張している。時間が経てばその考えも変わり、やがてゆっくりと前に歩きだす。その人生に幾度となく行うプロセスを、今回は行えるだろうか。今考えても無駄なのだが、秦汰はどうしてもそれができる気がしなかった。
 未練がある訳ではない。晴樹との夢のような時間は最高だった。ただ、なんだろう。上手く言葉にできないけど…なんか…
「しんたぁ、俺のシャンプーきれちゃったんだけどお前のつかっていい?」
 無限とも思える時間の中でゆっくり感情を整理する秦汰をそんな無頓着な言葉が遮った。と同時に秦汰の部屋のドアが勢いよく開かれる。秦汰はすかさず身体を反転させ、顔を壁とベッドの間に埋めた。竜二もそれで気付いたのだろう、あっと小さく声を漏らしてドアを閉めようとする。
 が、もう目撃してしまった手前閉じて降りてしまうのも無責任だと考えたのだろう、控えめにドアをもう一度開き、ゆっくりと中にはいる。
「ごめん、今我慢できないから。頼むから、でてっ…ぅ、て」
 秦汰は涙で震える声を必死に抑えるが、今までに感じた事のない悲しみは心の中で竜の如く暴れまわった。竜二はその切羽詰った秦汰の声を聞いて、更に衝撃を受けたらしい。小さく唾を飲む音が聞こえる。
「……あのー…」
 気の利いた慰めでも考えているのだろうか、竜二はきまずそうに言葉を吐き出すが、何もでてこない。その間にも堪えられない涙がどんどんとあふれ出ているが、竜二はいつまで経っても何も言わず、やがて静かにベッドの縁に腰掛けた。その仕草がなんだか武に似ていた。
「元気、出せよ。…いや、違う。別にあれだよ、泣くなって言ってるわけじゃねーんだ。そのー、大事だと思うしな、そういうのも。ただあの、まぁ泣き終わったら元気出せよっつーか、いや、今は泣いてていいんだけど…ああもう、何が言いたいんだよ俺」
 竜二は精一杯秦汰を慰めようと努力するが上手くいかず、頭を片手で掻き毟る。秦汰はその優しさに少しだけ涙が引いていくのを感じた。
「…俺もだよ」
 秦汰から発せられる弱々しい言葉に、竜二は素っ頓狂な声を出して聞き返した。
「へ?」
「俺もだよ。俺…何がしたいんだろうなぁ。どうしたいんだろうなぁ。わかんねー。もうぜんっぜん、わかんねぇ…」
 言い終わる前にまた涙が溢れてくる。秦汰は深い混乱の内で必死にもがくが、それはただ周りを埋め尽くしている泥に小さな波紋を作る程度のもので、ずぶずぶと沈んでいく体を上げたりはできない。またそれは、竜二にもできなかった。底なし沼にはまっていく秦汰の身体を助け上げられるのは、晴樹だけだ。
「…ごめんな、俺、居ない方がいいよな。俺みてーな馬鹿じゃ、お前のこと慰められねーし。悪ぃな、役立たずで」
 いいんだよ。竜二は悪くない。有難う。秦汰はそのどれも口に出していえなかった。せめて頭を横に振ろうと思ったが、それすらもできなかった。悲しみに打ちひしがれる体は脳神経まで麻痺させてしまい、秦汰は満足に身体を動かせないでいる。そんな自分の身体を介護できるのは晴樹だけだ。
 そんな事を考えている内にドアは静かに閉められた。やがて陽が落ちて漆黒の空が街を静めるが、秦汰の心は鎮まる事がなかった。

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作者  Telecastic  さんのコメント
このほかにもいろいろとしょうせつをかいているのですが
それをゆうじんによんでもらうとまず「よみにくっ!」「まずおまえはかいぎょうをまなべ」
といわれます。
ぶっちゃけわたしがかくしょうせつにはかいぎょうがかいむです。
あるとしてもせりふぜんごだけです。せりふがおわるまでかいたあとにかいぎょうがないのにきづいて
てきとうなかしょでかいぎょうをつくります。いままでのしょうせつぜんぶそんなこうていでかいてます。
きっとこれはわたしのせいへきなんでしょう。ぶんこぼんよりはーどかばーがすきで、
もじがくそちいさくてさらにいちぺーじににだんぶんしょうがあるのをみるとぼっきしそうになるくらいこうふんして
どすとえふすきーのつみとばつみたいにもうむだにたらたらながいしょうせつがすきという
そういうぼくのせいへきなんですよ!!!!!きっと!!!!
だからぼくはひらきなおりました。もうこうなればとことんよみにくいしょうせつをかこうと。
さいしょはなおそうとおもって、ちょうぶんはむりでもとにかくよみやすくしてみようとおもったんですが
たんたんとじょうきょうびょうしゃをつづけるかきかたをするととちゅうでかならずてがとまるんですよね
そしてもうにかげつくらいしょうせつかきたくなくなるんですよね
そんなわけでぜんぶひらがなにしてみましたが よみにくさはいかがでしょう?
「その場のノリで小説書いてよ」って言われて三時間くらい書き続けて
「こんななげーのいらねーし・・・・」って言われるテレキャスティックでした☆
コメントもなげぇ。

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