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水色の太陽 第4章 三


記事No.110  -  投稿者 : one  -  2009/08/05(水)00:28  -  [編集]
学校に入る頃にはその男性特有の生理現象もある程度収まっていた。
教室の前で香奈と別れて、武人は自分の教室、一組のドアを開けた。四方から聞こえる「オハヨー」に武人は「おーっす」一つを返す。…しかし、今日はその声がなんだかいつもより少ない気がした。
自分の机の横にバッグを置いて、武人はその違和感の種を探した。教室をさっと見渡して、そして気付いた。武人の机は廊下側の前から二番目、そこから見える真ん中左の列の最後尾、それは明らかにおかしい。いつもならうるさいくらいに騒いでいる筈のあの辰巳が、机に突っ伏して黙っているのだ。
寝ているのか?とも思ったが、よく見ると目は開いていて、前の席の椅子をぼーっと眺めている。
武人は辰巳がそんなふうにしているのを今まで見た事が無かった。何か悪いものが憑いたとしか思えない。
なんとなく近寄りがたい雰囲気だったので、窓際の一番前の席に座って外を眺めている彰に声をかけた。彰はよくそのグラウンドと街の片鱗しか見えないつまらない風景を見ている事があったので、こちらに違和感はあまり覚えなかったからだ。
「なぁなぁアキラ、あいつ何があった?なんかめちゃくちゃおかしくねー?」
その声に彰はこっちを振り向いたのだが、武人はすこし驚いた。
彼の目の下には酷い隈があって、見るからに昨日一睡もしていません、というふうだった。彰はちらっと辰巳の方を見て、少し黙ってから「さぁ。わかんね。」とだけ言ってまた窓の外に視線を移してしまった。
なんだか彰も少しおかしい。
そう、いつもなら辰巳に何か悪態をついている筈だ。
『あんな馬鹿ほっとけばいいんだよ。どうせ馬鹿みたいな事考えてるんだから。』
とかそういった返答を武人は期待していたのだった。
「…なぁアキラお前すっごい顔してるけど、昨日寝た?」
武人は少し遠慮がちにそう聞いてみた。
彰は窓を眺めたまま答える。
「んー、寝てない。…寝れなかった。」
「なんで?」
「…別にいいじゃん。なんでか、だよ。」
そう言った所で予鈴が鳴った。
武人は二人の様子がおかしいのを気にしながらも、自分の席に戻った。

ショートホームと一時間目の英語の授業が終わって、武人はまたあの二人を見てみた。
すると、二人共さっきと全く変わらない体勢で依然ぼーっとしている。授業中も何度か見たが、やっぱり全く動かなかった。
彰はともかく、辰巳のその様子に担任の岡田も英語の米村も「辻岡なんかあったのか?」と聞いていたが、本人は「う〜っす」という意味の分からない返事しかしなかった。
あんまり辰巳がそれしか言わないので、先生達はすぐ深い詮索はしなくなった。
同じクラスの同級生達も、二人の様子を仕切に囁くようになって、何人かはこそこそと二人と親密な武人に真相を聞きにきたりしたが、武人も知らない事を聞くと残念そうに帰って行った。
なんにしろこれはおかしい。
彰はああ言っていたが、恐らく二人の間で何かあったのだろうと、武人は思った。
あの二人は今までもよく喧嘩していた。
でもとても仲が良かった。喧嘩してもすぐに仲直りするのだ。。
彰は辰巳の事をよく馬鹿にする。でもそれは不器用な彰なりのコミュニケーションの取り方なんだと武人は確信していたし、辰巳もそれは分かっていたと思う。
だから、武人は今回もすぐに治まるだろうと思った。
ただ、武人はこれまでに二人のあんな状態を見た事は無かったから、そこだけは気掛かりだった。


二時間目が終了した休み時間、次は体育なので武人は体操着に着替えていた。白地のTシャツで、背中に学校の名前のアルファベット、左の胸付近に自分の名前の書かれた体操着。下は青地のハーフパンツだ。
その時は二人共さすがに仕方ないようで着替えていた。武人はそれに少し安心した。
というか、少し考えていたら、なんだか武人はある重大な事に気付いた。
『俺、どうすればいいんだ?』
よく考えたらめちゃくちゃ気まずいということに気付いた。
いつも体育とか移動教室ものは三人で行動していただけに、自分の置き位置をどうすればよいのか皆目見当も付かない。
…でも、武人はやっぱり彰に声をかけた。
彰は少し神経質な部分があって、一人のけ者にされたらますます傷付いてしまう。対して辰巳は図太い神経をしているので、一人でもやっていけるだろうと武人は踏んだのだ。
「お〜い、アキラ。行こうぜ。」
出来るだけ軽く声をかけた。
彰は「うん。」とだけ言うとぼそぼそと武人の後ろを付いて来た。その時、彰がちらっと辰巳の方を見た事に武人は気付いた。すぐに視線を落としたが、なんだか淋しそうな目をしていた。
その後辰巳は同じクラスのサッカー部の奴と歩いているのを見たので、武人は自分の判断が間違っていなかったと安堵した。

自分達の教室を出てもう一つ教室を過ぎると階段がある。武人達は一組なので、教室の配置的には玄関から一番遠い。しかも配管の関係で空調の効きも劣悪だった。この教室の生徒はそのことについてよく文句を言っている。「一番進学クラスの俺達がなんで一番悪い教室にいなきゃならないんだ」と。武人はそれについてはまぁ言い分はわかるけど、ぶっちゃけどうでもいいと思っていた。
階段を降りながら、付近に誰も居ないのを確認して武人は彰に聞いてみた。
「タツと何かあったのか?」
彰は押し黙ったまま何も言わない。
「また喧嘩?」
そういうと、彰はやっと「そんなんじゃない。」とだけ言った。
「じゃあ何?」
「べつにいいだろ。」
後は何を聞いても何も言わなかった。

玄関で靴を内履きから外履きに履き変えている途中、彰が少しふらついた。
武人は「ちょ、アキラ大丈夫かよ!?」とすぐに身体を支えてやったが、すぐに持ち直したみたいで、アキラは普通に歩き出した。
「サンキュ。ちょっと目眩がしただけ。心配すんな。」
そう言って腫らした目で笑顔を見せたが、武人は心配でならなかった。
「保健室行った方が…。」
「大丈夫だって言ってんじゃん、ばーか。」
そういってさっさと外に行ってしまった。武人は急いでそれを追い掛けた。

体育の授業は最近はずっとサッカーをしていた。一、二組の合同授業なので4チーム作って、一時間ずっと試合をし続けるという楽しみな授業だから、武人はこの時間をいつも心待ちにしていた。
武人は足が速いし基本的にどんなスポーツも(水泳を除いて)こなすから、サッカー部並とは言わなくともとても活躍していた。体育の成績はいつも5段階で5だった(水泳の時以外)。
まぁ言うまでもなくサッカー部である辰巳は上手い。そればかりか、辰巳はサッカー部の中でも二年では随一な上手さらしかった。
とは言ってもいつもの授業中にはおちゃらけているのでその上手さもよくは分からない。ただ、欲しいと思った所に必ず辰巳からのパスが来るのは、武人も気付いていた。
彰は運動能力は人並みなので、いつも体育の時はそんな二人に引け目を感じているようだった。

授業では武人と辰巳は同じコートで敵チームになった。彰はもう一つのコートに別れた。
この学校のグラウンドはサッカーコートを二面作っていて、フェンスで区切られている。
本来部活動になるともう一方は野球やソフトボールなど別の球技に使われるのだが、体育ではどちらもサッカーコートとして使っていた。
武人は彰が心配だったので、コートが別れて状態を把握出来ない事を不安に思った。

試合開始そうそう武人は一点取ってしまった。武人の駿足があって可能なことだ。
オフサイドラインぎりぎりにポジションを取ると、すぐに仲間から武人に向けたスルーパスが来る。もうこうなると事実上武人に走りで追いつける奴はそうそう居ないので、キーパーとの一対一になってしまう。
敵チームになると武人のこの技はもはや反則級なので、いつもブーイングされる。最近では「一試合に一回だけ」という不条理な暗黙の了解ができていたりする。
というわけで武人は最初にこれをやってしまい、見事点を取って行ったというわけだ。

それにしても、やはり今日は辰巳の調子が頗る悪い。
なんだか基本的にぼーっとしていて、いつもは絶対に一対一では抜けないのに今日はいとも簡単に抜けてしまった。
試合中何度も敵味方関係なく人にぶつかるし、ボールが顔面に直撃した時もあった。
その時は本人はへらへらしていたが、本調子でないことは火を見るより明らかだ。

そして授業が始まってから30分程が過ぎた頃だ。
事件は起こった。

別コートで何やら騒ぎが起きたようで、人が集まっていた。
それは見るからに非常事態で、先生もすぐに駆け付けていた。
情報が定かでは無くよく分からないが、誰かが試合中いきなり倒れたらしい。
武人の脳裏に、一抹の不安が過ぎる。
『まさか…。』
武人は心配になって、続行中のゲームを一人抜け出した。フェンスを一々回るのが面倒だったのでよじ登って乗り越えてしまった。
コートのセンターライン付近に人だかりが出来ていて、武人はすぐに駆け付けた。
人だかりを掻き分けると、その中心で今まさに担架に乗せられていたのは案の定、彰だった。

「アキラ!」

辰巳は遠くのコートから、ぼーっとその人だかりを見つめていた。
その身体は、微かに震えていた。


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作者  one  さんのコメント
どうもこんばんは。
携帯、俺の機種だと何故か知りませんが5000文字までしか投稿出来ないんですよ。…前も書いたかな。
というわけで二つに分けました。まぁちょうどいいか、とも思います。

ちょっとこの『アキラとタツ編』は作者も書くのを楽しみにしていたエピソードですから、連載速度は意外と速いかもしれません。多分…。。
まぁお楽しみに。

tktさんお久しぶりです。
本当に申し訳ありません。長いこと休載してしまって。
ちょっと中々腰を落ち着けて小説の執筆が出来なかったものでして…。
でも今は夏で、ほとんどお休みなのでばんばん書けます。
書いていない内にも構想は練っていましたしね。

パソコンだったらもっと速いし一杯打てるんですけど、いかんせん今は使えないので…。
これは携帯です。おかげでメールを打つのが速くなった気がします。
まぁこれからもよろしくお願いしますね。
感想を頂けることは本当に嬉しいんですよ〜。

と、まぁ、余談なんですが、一昨日なんと歯が抜けました。
何やら俺はその部分の永久歯が元から無い変人だったらしく、産まれてこの歳(そんないってないですが)までなんと乳歯を携えていたというのです。
まぁ歯医者は怖くて十年来行ってなかったので虫歯も多く、今はそっちの治療中です。それが終わってから無い歯をブリッジで補給します。
ブリッジっていうのは周りの歯を土台にして橋みたいな三連歯を被すやり方です。
インプラントとか言う最先端刺し歯もあるんですが、そちらは三十万程かかり治療時間も半年弱要るっていう恐ろしいものです。無理です。
あとは入れ歯…。この年にして入れ歯はちょっと…。

でも全然痛くない歯医者さんなので本当によかった。

無駄話が過ぎました。
それでは。

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