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秦汰編F「涙の和泉」


記事No.112  -  投稿者 : Telecastic  -  2009/08/22(土)14:36  -  [編集]
 涙を流し続けて、ようやく枯れてきたと思ったら、時刻は十時を過ぎていた。秦汰はまた明かりも点けず、ベッドに横たわりながら窓の外から漏れてくる月の光を眺めていた。
 対面の部屋の主は、まだ帰ってきていない。下の階では秦汰の事を悟られないようにするためか、はたまた何の考えもないのか、竜二の騒ぐ声がしている。秦汰はその楽しそうな声でズキズキと痛む頭痛に顔をしかめて、ゆっくりと立ち上がった。電気を点けて、鏡を覗くとそれはもうひどい顔だった。
(救い様のないブサイクが映っている…)
 秦汰は大きく溜息をつく。同時に、鏡に映っている自分も、感情を抑え、絶望を隠し小さく溜息をした。とにかく顔を洗おう。秦汰はタンスからタオルを取る。
 結局、今まで考えてきてわかったのは、自分は自分を肯定するということ。散々自分を否定し、嫌悪し、卑下しても、最終的には肯定してしまう。その繰り返しで、結局今も秦汰は自分を肯定してしまっていた。
(俺は俺だから、俺でいいんだ。でも…何にも成長してないなぁ)
 同じ、なのだ。神田 和泉に恋をしている自分と、大下 晴樹に恋をしている自分は。そう考えると合点がいく。まず始まりが、「初恋の人に似ている」という事からだった。そして晴樹に対して抱く感情も全て、神田 和泉に抱いていた感情の模造品でしかない。
 本当に晴樹を好きなのだろうか?その問いは既に、秦汰の中では絶望的な答えへと近づいていた。だから、とにかく、顔を洗おう。秦汰はドアを開ける。
「御堂」
 洗面所へ向かって歩き出すと、由希子の部屋からパタパタと足音がして、ドアが勢いよく開く。そこから出てきた由希子は、心配そうな表情だった。
「柊。どうしたの?」
 秦汰は泣き続けて腫らした顔を隠す気力もなく、ただ弱々しい笑顔を浮かべるのみだ。由希子はそれを見て更に心配そうな顔をした。
「……大下君と、何かあったの?」
 由希子と武に見送られて、帰ってきたら部屋に引きこもり、泣き腫らした顔で部屋をでてくる。それは確かに、勘繰らざるをえないだろう。秦汰は小さく頷いた。
「うん、まあ。しょうがないよ、やっぱり、男同士で付き合うなんて無謀だったんだよ」
 秦汰は自虐気味に呟く。由希子の表情は暗いまま、しかし、否定も肯定もせず、ただ押し黙ってしまう。
「ちょっと、顔洗ってくる」
 秦汰は軽く手をあげて洗面所へ向かう。由希子は何かを言いたげだったが、秦汰をそのまま見送り、ドアを静かに閉めた。

 蛇口から出る大量の水におもむろに頭を突っ込み、停止する。滝のように落ちてくる水が秦汰の頭をうちつけ、顔にしたたりおちてくる。秦汰はそれをぼんやりと感じながら目をつむり、また思案に耽った。過去についてはもう考えた。そろそろ、未来について考えねばなるまい。
(まず、晴樹と別れて…。それから、やっぱりここも出て行ったほうがいいかな)
「秦汰」
 そんな秦汰の思考を、強く、鋭い声が遮った。水を止めて、タオルで頭を拭く。背後からもう一度秦汰を呼ぶ声で、武のものだとわかった。
「武、どうしたの?」
 水で洗い流したからか、秦汰の声は先ほどよりは明るくなった。しかし泣き腫らした顔はまだ消えず、どことなく悲惨な印象を残している。武はそれを見て、悲痛な面持ちになる。
「大下と何かあったのか?」
 質問は由希子と同じだったが、武の方はどうしても聞きたい、聞くまで逃がさないといった強気なものがあった。秦汰は小さく溜息をついて、ぽろぽろと零し始める。
「…なんか、自分でも信じられないけど。初めてのデートみたいな感じで、はしゃいでいったらドタキャンされて、それで、晴樹が…女の子と腕を組んで歩いているところを目撃しちゃってさ。ほんと、ドラマみたいだったよ。家政婦は見た、みたいな」
 そう言って微笑むが、武の顔は至って真剣なままだった。むしろ、怒りさえ浮かんでいるような気がする。晴樹に対する怒りだろうか?武は晴樹の優柔不断なところを嫌っているようだし。
「…それで、どうしたんだ?」
「ん、どうもしないよ…。……まぁ、やっぱり男同士なんて無理だったのかなぁって。まぁ、結婚とかも認められてないし、先がないっていうか。それに、俺…晴樹の事、本当に好きだったかわからないし」
 その発言に武は眉を顰めた。
「…俺、多分、晴樹に初恋の人を重ねてたっていうか。初恋を大失恋に終わった自分のみじめな敗北を清算しようとしてたんだと思う。……晴樹、ほんとに似てるからさ。最初会った時も、そういう感じで釘付けになったし。それに」
「じゃあ何で今、そんなに泣きそうな顔してるんだよ」
 武の一言は凛としていて、秦汰の弱気な心を全て曝け出させた。秦汰は言葉を全て失ってしまい、黙り、立ち尽くす他ない。武はゆっくりと、諭すように言葉を紡いだ。
「…秦汰。俺はお前が、大下の事を想って胸を痛めていたのを知ってる。大下の事を想えば想う程、身を削るようなお前の気持ちを知ってる。その所為でお前が現実に追い詰められたり、大下の優柔不断な態度に傷ついてたのも知ってる。その俺からみて、お前のその愛情がただの初恋のあてつけなんて思えない。…そりゃ、始まりは初恋の二番煎じかもしれないけどさ、でも、だからといってその後にできた愛情が全部嘘なんて、おかしいだろ?」
 武の言葉は一つ、一つと秦汰の心を見透かし、指摘し、正していった。秦汰は教師に怒られた小学生のようにしゅんと項垂れて、頷く事もできないまま固まっている。
「…別に、晴樹と別れるなって言ってる訳じゃないし、本当に嘘だったんならそれなりに清算はするべきだと思うけど、自分の気持ちを誤魔化すのは良くないぞ。たとえお前が晴樹と険悪になっても、お前はでていかなくていい。俺も竜二も、柊も、倫子だってお前の事を心配してる。お前に出て行ってほしいやつなんてここにはいないから…」
 秦汰はその言葉で崩れ落ちた。暖かく、心を癒す優しい言葉を、求めていたタイミングで、求めていた単語で言ってくれた。足が震え、唇も震え、零れだそうとする涙を武に抱きしめられて開放する。嗚咽も、何もかもを開放して、子供のように泣きじゃくった。

 ずっとそう言われたかった。中学でゲイだという事がばれてクラス中から忌み嫌われ、学校に行けなくなった時も。それで両親に頼んで高校は地元から離れた場所へ引越して通い、今度はいじめられないように自分の殻に閉じこもって生活していた時も。そして、人を愛し、狂おしいくらいに自分を責めた時も。
 ずっと、誰かに必要とされたかった。誰かに、「ここにいていいよ」と言ってほしかった。自分という存在を、誰かに認め、大事に思われ、必要とされたかった…。
 武の胸で大きく泣く秦汰を、廊下越しに由希子が見つめる。高校からの付き合いだった由希子にも、涙を見せたことは殆どない。由希子は驚き、その後心配そうに秦汰を見つめていた。秦汰は自分一人で抱えていた全てのものを、一旦解き放ち、体が軽くなっていくのを感じた。
 ここに他人が居て、それが繋がって、何かを共有する。たったそれだけのことが、こんなにも大事で、こんなにも救われる。秦汰はそんな事を、今までのルームシェアで一番体感していた。

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作者  Telecastic  さんのコメント
秦汰編もくらいまっくすなのです
心との対話という事で秦汰の心の声視点で過去話を書きましたが、
秦汰は本当に分裂症みたいな人なので余計にごちゃごちゃになっちまいました
まあでも、人の心なんて矛盾やらなにやらで複雑なものですよね

秦汰編が終わればまた六人の内誰か一人を主人公とした編がはじまり、
全員が終わればこの小説もおしまいという形にしようと思っています
なっげーそしてよみにきー小説ですがどうぞお付き合いくださるようお願い申し上げます
                         Telecastic

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