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水色の太陽 第4章 四


記事No.113  -  投稿者 : one  -  2009/08/22(土)23:58  -  [編集]
保健室は生徒玄関の前の廊下の突き当たりにある。そこに着くまでには職員室や事務室が並んでいて、この学校では一番人の通りの多い廊下だった。
武人は授業が終わると片付けもそぞろに、彰が倒れてから終始渋い顔をしている辰巳の手を引いてそんな人口密度の高い廊下を走った。武人達の慌てた様子に周りの人達はもの凄く驚いていたが、武人にはそんな事を気にしている余裕は無い。
「ちょっとスイマセン!」と何度も言いながら人を掻き分け、ようやくたどり着いた目的地の引き戸の窪みに手をかけた。
勢いよく戸を引くと、武人は間髪入れずに「アキラ!」と叫んだ。が、返って来たのは『パコーン!』という壮快な音と頭を叩かれた衝撃。傍らでは保健医の北嶋 三枝(みえ)がスリッパを片手にニコニコしながら立っていた。
「こんにちは。朝日君、辻岡君。ところでここは保健室。静かにして頂戴。寝てる子もいるの。」
武人は三枝の笑顔に殺気を感じて、小さく「あ、…ハイ。」と言って頭を下げた。

北嶋 三枝。この学校の教師陣では古株らしいが年齢は不祥。見た目は三十半ばでかなりの美人だが一説ではメスが入っているという事だ。その優しげな雰囲気とは裏腹、保健医のくせにものすごい鬼畜で有名な先生だった。
ちなみにスリッパで叩くのは三枝の得意技みたいなもので、彼女はスリッパを叩く為だけの道具か何かだと思っているらしく、スリッパは履かずに普段はサンダルを履いている。

「霜野君は奥で寝てるわ。心配しなくてもいいわよ。多分寝不足で貧血を起こしたのね。」
三枝はスリッパを靴棚に片付けると、白衣のポケットに手を突っ込んで未だ入口で立ち尽くす二人を尻目にとことこと歩いて行った。保健室の片隅に置かれている自分の机まで行くと、椅子に腰かけて脚を組んだ。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかしら。」
武人は「あ、はい。」と言ってまた辰巳の腕を引っ張った。
「最近彼、元気が無かったとか、そういうのあった?」
「ん〜昨日は普通だったっすね。今朝からでした。昨日寝れなかったって。」
「ふ〜ん。じゃあ何かストレスでもあったかしら。スポーツもしてる若い子が貧血で倒れるなんて中々無いのよ。」
「そうなんすか?」
「えぇ。一応、お家にも連絡したけど、彼、お父様しかいらっしゃらないのね。」
「そうっす。」

そんな問答がいくらか続いたが、辰巳はずっと下を向いたままだった。武人は、やはり辰巳は何か知っているのだと確信した。
帰り際、二人は彰の顔を見て行った。血の気の無い青い顔で、まるで何かに苦しんでいるかのような寝顔だった。

教室への道中、武人は辰巳に聞いた。
「なんか、知ってんだろ?」
辰巳は何も言わない。
「俺にも言えない事なのかよ。」
それでも黙っている。辰巳のそんな様子にあまり怒るようなことの無い武人も、少しいらついてきて、「もういいよ。」とだけ言って歩く速さを増した。香奈の癖が移ったかな、なんて思いながら頭を掻いた。
その時、辰巳がいきなり立ち止まった。そして漸く口を開いた。
「なぁ武人、次の授業、ちょいバックレねぇ?」
何かを決心したかのような辰巳の顔を見て、普段は絶対に授業をサボらないはずの武人なのに、その時は考える間もなく頷いてしまっていた。


二人は屋上に続く階段を登った。最上部の鉄扉を開くと薄暗かったその空間に眩しい陽光が射してきて、前を歩く辰巳に追従していた武人は少し顔をしかめた。
屋上に来るのは久しぶりだ。一度一年の時に来た事があったが、二年や三年ばっかりでなんとも居心地が悪かったのを覚えている。ドラマや漫画の中ではなぜかいつも主人公達だけの秘密の場所的空間で、自分達にとってもそうなのだろうと武人達は息を巻いていたのだ。しかし実際はそうではなくて、なんだかひどく裏切られたような気になってそれ以来訪れていなかった。
その時は授業中ということもあってそこには誰もいなかった。
武人と辰巳は無言で歩いていって、校庭とは反対側に面するフェンスまで行くと無意味に手をかけた。風がびゅーびゅーと吹き抜ける。
しばらくぼーっと街を見ていたら、いきなり辰巳が大声を出し始めた。ただ「あ〜!!」と。
武人は最初びっくりしたが、変に納得もした。やはり何か溜め込んでいるものがあったのだと思った。
その儀式は数分間続いて、ようやく静かになったと思った時に辰巳はボソッと「…ちょっと気ぃすんだ…。」とだけ言った。
それからはまたしばらく街を眺めていた。辰巳の方を見ると、陽光に左耳のピアスがキラキラと光って見える。かなり明るくブリーチされた髪は無造作に風に揺れていた。辰巳もこっちをちらっと見て、そしてやっと語り出した。
「隠してたとか、そんなんじゃねぇんだ。ただ、誰かに言えることなんかどうか判んなくてよ。…俺、バカだし。」
「やっぱ昨日なんかあった?」 「うん…。」
「何が…あったんだよ?」
「…お前にしか言わねぇからな。絶対誰にも言うなよ!」
「当たり前じゃん。」

「…告られた。」

辰巳は少し恥ずかしそうに小さな声でそう言った。武人は最初辰巳が何を言っているのか解らなかった。
『コクラレタ』?コクラレタって『告られた』以外に字あったっけ?辰巳はバカだから使い方間違ってるとか…。
「何て??」
「だから、昨日、アキラに…告られたんだよ。何回も言わせんなよ!」
「告られたってどういう意味だよ?」
「そのまんまの意味だよ!『好きだ』って…。」
「だって!アキラは男だろ!」 「知らねぇよ!俺だって分かんねぇんだ…!」
「でも、男が男となんて…。」
その時、武人は今朝の事を思い出した。自分も、あんな夢を見たじゃないか。
「…詳しく教えてよ。」
武人はそう言うしか無かった。辰巳は淡々と話し出した。



昨日。辰巳と彰は武人が香奈とデートに行くと言うので部活後二人だけで遊んだ。 部活の終了時間がうまく重なって、帰りが同じになったのだ。
家に帰るのも野暮なので二人で近くのファーストフード店に入って食事をした。
「今頃武人の野郎は香奈ちゃんとエッチでもしてるんかね〜。」
そう言った辰巳を彰は冷たい目で見る。すっと通った綺麗な目で、黒髪のショートカット。落ち着いた印象が女子陣に人気なのを辰巳達は知っている。しかし彰はどういうわけか度重なる告白を全て蹴っていて、ほとんど女子と話をすることも無い。辰巳はいつもそれが気になっていた。
「んなわけねぇだろ。まだ買い物してる時間だよ、馬鹿。部活終わったの俺達と大差無いだろ。」
「あ、そっか。さすがアキラ!」
辰巳はハンバーガーを頬張りながら話した。
「きたねぇよ。食うか喋るかどっちかにしろよ。」
「へへ、わりぃわりぃ。」
彰の毒舌にももう慣れた。昔はよくこれが原因で喧嘩したものだ。

食事が終わると二人で近くの公園に行った。辰巳が「ぶらんこで大ジャンプするのが得意」とか言って彰を引っ張って行ったらしい。
別に見たがってもいない彰をベンチに座らせてぶらんこジャンプを披露すると、めんどくさそうに拍手をしながら「あぁ、すごいすごい。」とだけ言った。
そんな適当な台詞に辰巳はなぜかやる気になって「よっしゃ!じゃあもっと跳ぶからな!」と延々繰り返していた。彰は度々「そのまま死ね。つか俺帰って良い?」とか言っていたが、結局帰らずに最後まで見ていた。その後は二人でベンチに座って話をしていた。
「このズボンがもっと軽い奴ならもっと跳べるんだけどな〜。」
「そんなハカマみたいなズボン穿いてっからだ。」
「えっ?これそんなに変か?かっけくね?」
「俺には理解出来ねー。歩きにくいし重いだけだろ。俺は今の俺のスケーターが一番調度良いと思う。」
「そんなんスケーターの内に入らねぇって。」
なんてやり取りをしていた。それまでは彰は至って普通だった。

「武人と香奈ちゃんって何処までいったんかな〜。」
辰巳はふいにそんな話を振った。彰はしばらく考えて、「なんもやってねぇんじゃね。」と言った。辰巳は彰の意外な意見に驚いた。
「え、そりゃ無いだろ!あいつら結構長いし。」
「なんかそんな感じじゃない気がする。気がする、だけだけど。」
「ふ〜ん。でも彰の勘は当たるしな。そうかもな!」
そう言って辰巳はけたけたと笑った。
「じゃあ俺達みんな童貞だな!」
辰巳は何の気無しにそう言った。しかし、彰はその言葉を聞いて様子がおかしくなったのだ。
「…童貞…。…そうだよ。俺も、俺もあいつがいなけりゃ…、みんなと一緒だ…。そう、一緒なんだ…。」
いきなり譫言のように何か言い出した。身体もガタガタと震えている。辰巳は今までに彰のこんな様子を見た事は無かった。それは明らかに異常だった。
「アキラ…?どうした?」
辰巳はそう言って手を伸ばした。その時だった。
彰は伸びて来た辰巳の手を掴むと、ぐいと自分の方に引き寄せた。そして一瞬の内に、辰巳は彰に唇を奪われたのだ。
「…っ!?」
辰巳はすぐに彰を突き飛ばした。というか自分が飛びのいた。唇を腕で拭って彰を見た。からかっているのではない。すぐにわかった。彰の目は真剣だ。
「何すんだよ…!」
「何って、キスだよ。…好きなんだ。お前の事が。」
彰はベンチに座ったまま視線を逸らすことなく、きっぱりとそう言い放った。辰巳はじりと後ずさった。
「スキって、なんだよ!」
「キスするってことだよ。分かるだろ。」
「わかんねぇよ…。だって、俺は男だろ!?」
「男が男を好きになったらダメなのか?」
辰巳は何も言えなかった。
「なぁ、童貞嫌なんだろ?俺の身体使えよ。そんで、俺の事綺麗にしてくれ。汚い俺の事…。だめか?」
辰巳は目の前にいる『彰』が一体誰なのか判らなかった。彰なようで彰では決してありえない。辰巳は恐ろしくなった。
「お前…、誰だよ…?」
辰巳がそう言うと、彰ははっとしたような顔をした。
「俺、何言ってんだ…。ハハハ、冗談だよ。忘れてくれ…。」
そう言って鞄を担ぐと、「俺、先帰るわ…。」と言って辰巳を一人残して急ぎ足で帰って行った。
辰巳は街灯に照らされた彰の淋しげな背中を見送りながら、そこに立ち尽くすだけだった。



「それ本当なのか…?」
武人はその話を俄かに信じられなかった。話に出て来た彰は普段の彰からは想像も出来ないような人物だ。
「本当だよ。俺、お前らに嘘なんかついた事ねぇだろ?」
「うん…。」
思った以上にディープな話で、正直武人は面食らった気分だった。話を聞けば何か手を打てると思っていたが、策など全く思い浮かばない。 彰とは中学からの仲だがやっぱりまだ知らない事の方が多い。自分はなんと無力なんだろうと、武人は絶望する。
「俺、どうしたらいいかわかんねぇよ…。俺、あいつのこと好きだけど、そんなんじゃねぇんだ。今までみたいに俺の馬鹿にツッコミ入れてくれるだけでいいんだ。ずっとダチで居たいんだよ…。」
辰巳は泣いていた。武人は、ただ辰巳の背中を撫でるしか出来なかった。 そんな自分に悔しくて、武人も泣いた。

澄み切った青空に、二人の悲しげな鳴咽が染み渡る。


一方その頃、保健室では彰が目を覚ましていた。


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作者  one  さんのコメント
どうもこんばんは。
ようやく更新出来ました。以前速いペースで更新出来るとかほざいて結局三週間近く開きました。本当に申し訳ない。

たまに一月とか更新出来ない時もありますが、絶対途中で投げ出すような事はしません。ご安心下さい。

実はこの第四章の前半では辰巳と彰が物語の中核を担います。
本当は第三章で三人の絡みをもっと書きたかったんですが、面倒くさかったのと字数の都合上カットしてしまいました。
まぁ、大丈夫かなと思いますけどね。
次回は辰巳と武人が彰の過去に迫ります。これはかなりディープです。
どうぞお楽しみに。

なんとなく今回から登場人物のプロフィールを少しずつ…。

1、身長 2、体重 3、容貌 4、イメージカラー 5、部活動 6、備考 

<進藤 夕>
1、171cm
2、62kg
3、黒髪ショートミディアム(高校時) キレイ系超イケメン
4、シルバー
5、陸上部
6、容姿端麗才色兼備
運動や勉強だけでなく芸術や音楽の分野においても多彩な才能を持つ。でも球技が苦手。
陸上以外の趣味はギター(アコースティックギターでの弾き語り)、化学雑誌を読む、髪の毛いじり。
基本ツンデレ気味。

<朝日 武人>
1、179cm
2、68kg
3、黒髪つんつんショートヘア スポーティブイケメン
4、スカイブルー
5、陸上部
6、天真爛漫傍若無人
ほとんどの才能は人並みだがそれを努力でカバーする秀才。
運動能力は元々高く、大体のスポーツに通じる。しかし幼少時代のトラウマにより水泳だけは苦手。
人懐っこい性格で見目も良いので人望に厚い。
趣味は休みの日のサイクリング。
とりあえず思った事実行。

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