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ただそれを見ていた 二


記事No.45  -  投稿者 : Telecastic  -  2009/02/04(水)15:12  -  [編集]
 結局、竜二が来たのは午後七時をすぎた頃だった。秦汰は既に台本を一通り読み終わり、桐山からサービスしてもらったチャーハンをぺろりと食べ終え、水を飲みながらうとうとしていた。
「しーんたっ!遅れて悪いっ」
 明らかに悪いと思ってない軽い口調で言われ、秦汰はため息をつく。いつもこの調子なので、怒るのも疲れてしまう。
「何か用?」
 ぶっきらぼうにそう聞くと、竜二はニッコリ笑った後、まぁまてよ、と言って秦汰の前の席に腰掛けた。
「霧さん、酒とツマミ!」
 加賀 竜二、二十二歳フリーター。坊主頭のゆるいファッションの男。高校を卒業してから、定職にも就かず、夢を語ることもなく、ふらふらとしている軟派な男である。秦汰はこの男の、生活面でも恋愛面でも究極のだらしなさが理解できないし、したくもないが、でも、この生き方に感心する事もある。なにより行動的だし、社交性もある。彼が一声かければ、一体何人の人間が集まってくるんだろう。秦汰は竜二のそんなところに、尊敬の念を抱いていた。それ以外は、理解などできるはずもないが。
「で、何で遅れたの」
「あは、悪いな。怜奈ちゃんがさ、あれも買いたいこれも欲しいってねだるもんだからさぁ。俺、ついついはしゃいじゃって」
 そう言って竜二は財布を広げてみせる。一昨日あった時は五人くらい居た福沢諭吉が二人に減っていた。三万円あったら、焼肉が食べられる。と、人の金勘定をすかさずする辺りが、余程切羽詰っているんだなと秦汰はまた落胆した。
「それよりさ」
 竜二は嬉しそうに彼女の事を話した後、少し真面目な顔になって話を切り替えた。
「お前、ルームシェアする気ない?」
「ルームシェア?何で?」
 ただのフリーターの竜二がこんなに羽振りの良い生活をしているのは、ルームシェアをしているからということは知っていた。家賃も生活費も折半だから給料の殆どは自分の趣味にあてることができる。しかし、知らない人間(しかも複数)と一緒の家に暮らすのは、プライバシーを大事にする秦汰にとっては少し、考えられない事であった。
「いやさぁ。俺、ルームシェアしてるって言ったじゃん。そこ、六人くらい住んでたんだけど三人一気に居なくなっちゃってさぁ。就職するから会社に近いとこに一人暮らしするとか、海外留学するとかでさぁ。だから、折半が三人でしかできなくなったんだよ。わかるよな?言ってる意味」
 つまりこいつはこれ以上家賃や生活費を払いたくないんだろう。何故なら浪費癖のある(しかも竜二の金)彼女に諭吉を振りまいてやらなければ、きっと別れを告げられるだろうからだ。なんとも愚かな関係である、と秦汰は呆れたが、敢えて口には出さないことにした。
「やだよ。俺別に今住んでるとこ嫌いじゃないし」
 今の生活は嫌いだが。
「お前、ギリギリの生活してんだろ?風呂とかどこではいってんだよ」
「……」
 秦汰は口を噤む。他人に触れられたくない部分だった。
「まさかお前風呂入ってねーの!?うわっ!くせぇ!」
 竜二は大袈裟に驚き、飛び退いて鼻をつまんでみせる。その声の大きさに桐山ならず常連客までもがこちらを見た。秦汰は竜二を鋭く睨んだ。竜二は席に戻ると、すいませんと小さく謝った。
「…アパートの、水道で洗ってる」
「アパートの水道?それって手洗うとこ?体はどうやって洗うんだよ」
「シンクに乗り上げて、部分部分を…」
 そこまで言ったところで、とてつもなく虚しくなった。
「…今九月だよな。冬になったらどうすんの」
「我慢する」
 竜二もさすがに可哀想だと思ったのか、からかう事はしなかった。この竜二にさえ同情される程だから、よっぽど今の自分は惨めなんだろうと秦汰はさらに落ち込んだ。
「だからさぁ!ルームシェアすれば、そんな切り詰めた生活しなくても済むし、風呂だって入れるんだって!どうよ?ばら色の人生だぜ?」
 ばら色は言いすぎだろう。しかし、経済的な面では確かに魅力的である。毎日もやし炒めを食べなくて済むのだ。
「…でもなぁ、俺竜二以外の住んでる人知らないし」
「大丈夫だよ、今は二人しか居ないけど二人とも良い奴だし。お前、女受けいいから一人には猛烈に気に入られると思うぞ」
 秦汰は眉を顰める。
「女の子も居るの!?えぇー。ヘビーだなぁそれ」
「何で?」
「だって、色々問題あるじゃん。女の子は、見られたくないものとかされたくないこととか、多いでしょ」
「ああ大丈夫だよ。そいつ、俺達とルームシェアしてるくらいなんだから。結構大雑把だし」
「うーん…」
 秦汰は尚も悩んだ。竜二の住んでいる場所から、劇団の稽古場までは、今住んでいる家よりも近い。歩きで行く時間が二時間から一時間半に短縮される。三十分、寝過ごす事ができる…。いや、家賃や生活費が折半なんだから、電車賃を払って電車に乗ることもできるのだ。秦汰は心が揺れ始めた。
「な!な!頼むよ、俺を助けると思って!」
 竜二が手を合わせて拝んでくる。しかし秦汰は、やはりまだ決断を下すことはできなかった。
「すればいいんじゃないか?」
 いつの間にか自分達の席まで来ていた桐山がそう口を挟んだ。竜二の注文だった酒とツマミをテーブルに置くと、言葉を続けた。
「色んな人間の生活が見れるのは、役者としての演技の幅も広がるだろうし。お前なら大丈夫だよ」
 秦汰は桐山のその言葉に、頷いた。確かに役者としての演技の幅が広がるというのは、大いに魅力的だ。
「……わかった。とりあえず、試しに住んでみる」
「よしきた!」
 竜二は飛び上がると、桐山が運んできた酒とツマミなど無視してそのままジャケットを羽織った。
「じゃあ俺、このこと住んでる奴達に報告してくるから!荷造りしとけよ!」
 いいながら、すごい勢いでバーを出て行った。秦汰は呆気に取られた。
「…あ、でも俺引越し業者に頼む金ない。荷物どうしよおぉぉぉ……」
 そのまま机に崩れる。桐山が肩を叩いた。
「俺の知り合いに頼んでやるよ。いらないのはリサイクル業者の方の知り合いも呼ぶから、そいつ達に引き取ってもらうといい。あいつ達、ここの飯いくらかツケてるから、それをネタにすれば無料でやってくれるはずさ」
 桐山はそういうと、悪戯っぽく笑ってみせた。秦汰は思わず桐山の足にすがりついた。
「あにきぃぃぃぃぃ最高っす!大好きっす!」
「…お前、いつからそういうノリになったんだ」
 ………言ってから、少し後悔した。

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作者  Telecastic  さんのコメント
寒いdeathね。もうすぐ春だからと油断して、風邪など引かないように注意しませう。そんな俺は、タンクトップで寝たりして、朝起きると鼻水がだらりなんて事に。医者の不養生deathNE☆

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