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ただそれを見ていた サン


記事No.46  -  投稿者 : Telecastic  -  2009/02/05(木)14:39  -  [編集]
 これから始まる自分の新しい生活を受け入れてくれる家を見て、愕然とした。今まで住んでいた哀愁あるアパートから、桐山の車で三十分程走っただけで、町並みは小奇麗な一軒家が建ち並ぶものへと景観を変える。その一角に、竜二達の家はあった。
「……あいつ、フリーターのくせに、こんな家に…」
 秦汰は、一張羅のジーパンが汚れるのも気にせず膝をつく。白を基調とした一軒家で、入り口には板で作られた小さな門があった。付近には花や観葉植物なんかのガーデニングがあり、左奥にはテラスのようなものも見える。二階建て。秦汰は初めて竜二に負けたと思った。
「何故、何故こんなことが…」
「人間の力とはすごいもんだな。一人じゃ住めないような所でも、人間が集まれば補い合って充実した生活ができる。『三人寄れば文殊の知恵』とはよく言ったもんだ」
 桐山も、まさか竜二がこんな家に住んでいるとはさすがに想像していなかったのか、頷きながら感心している。
「ま、これからお前の生活も、充実していく訳だ。よかったな!」
 そういって桐山は、尚も地面に崩れている秦汰の肩を豪快に叩く、ぐぅ、と秦汰が唸った。
「……」
 秦汰はゆっくりと立ち上がるが、その表情は翳っていた。
「やっぱり不安か」
 それを感じ取って、桐山は優しく声をかけた。
「いや…大丈夫ですよ。本当に、手伝ってくれて有難うございました」
「いや」
 桐山は、軽く手で制すると踵を返した。
「じゃあ、また店のほうにも来てくれよ。次は、お前が自分で飯代を払える時にな」
 そういいながら車のエンジンをかける桐山に、秦汰は頭を下げた。

 チャイムを押すと、中からあわただしい足音と共に竜二が出てきた。
「おう!結構早かったな」
「五分前行動っていうのを、小学校の時点できちんと習っていますから」
 秦汰の皮肉を理解しているのかいないのか、竜二はニッコリ笑ってドアを開けて、秦汰を招き入れる。中に入ると、フローリングの廊下が、一直線に伸びていた。途中で階段と分岐し、階段はゆるやかな螺旋を描いてカーブしていた。左側にはリビングがあるのか、大きなスライド式のドアがあり、開放されていた。奥にソファーや大型の液晶テレビが見える。
「個室が三つも余っちゃってるから、好きな部屋使えよ」
 竜二はそう言うと、秦汰を二階へと案内した。階段を上ると、玄関と同じ様に廊下が一直線に伸びていて、右側にドアが三つ、左側にドアが一つついていた。左側のドアの奥には、小さなリビングの様な開放的な空間がぽつんとあり、その奥にはドアのついていな入り口があった。
「あそこのちょっと広いとこが、まぁサロンみたいな、なんかそういうくつろいだりするとこ。一応、前の奴がおいてった冷蔵庫も使えるから、一々下におりてくんのがめんどくさいときとかにあそこに飲み物とか置いとけばいいよ。その奥が洗面所で、正面にある右側のドアがトイレ」
 竜二は指差しながら軽く説明すると、秦汰を抜いてサロンの辺りまで移動して、両側のドアを指差して見せた。
「ここまでが個室。まぁ、内装は殆ど同じだけど。どこ使う?」
 秦汰は、少し考えた後、左側のドアを指差した。
「おっけー!じゃあ霧さんの知り合いの人に頼んでここに荷物いれてもらうわ。配置は後で皆で手伝うから、とりあえず運んじまおう。秦汰は一階のリビングでくつろいでて。わかるだろ、あの、廊下から見えてるとこ」
 秦汰は頷く。竜二が言い終えてから一階へ降りていくのを見守った後、少しだけ二階の様子を見回った。トイレを開いてみる。洋式だ。秦汰は歓喜した。前のアパートの和式トイレと、これでおさらばできる。トイレの前で軽く小躍りする自分に、虚しさを感じた。

 一階へ降りると、誰も居ないのか、静寂が秦汰を迎えた。階段を降り終えて廊下の奥を見ると、左側にもう一つ、開放されている大きな入り口があった。おそらくダイニングキッチンであろう。右側にはドアが二つあり、手前側には「共同トイレ」、奥側には「洗面所(風呂付)」と書かれてある板がぶらさがっていた。その奥で廊下は左に曲がっていて、どうやらそっちの方に今住んでいる三人の個室があるようだった。秦汰はリビングに入ると、手前にある青色のソファーに腰掛けた。
右側にはオレンジのソファーがこちらを向いて置いてあり、目の前には円形のガラステーブルをはさんで、大きな液晶テレビがある。その奥にベランダがあり、テラスの様なものが見えた。
(豪華だ…)
 秦汰は更に虚しくなった。複数の人間が集まって作り上げたものは、こんなに豪華で、充実したものなのか。これでは、一人で必死にもがいてきた自分は一体何なのだ。毎日の生活を切り詰めて、夢を追っている自分は一体なんなんだ…。秦汰は頭を抱えた。こんなことばかり考えているから、自分は幸せになれないのだろう。幸せってなんだろう。秦汰は、これ以上答えのない自問自答を繰り返す前に、考えを打ち払った。これから自分も参加するこの生活に、思いを馳せた。

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作者  Telecastic  さんのコメント
個人主義って素敵な言葉。

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