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ただそれを見ていた 四
記事No.47 - 投稿者 : Telecastic - 2009/02/06(金)23:26 - [編集]
結局荷物を全て運び終えるのに、夜の七時までかかった。家に着いたのが昼の三時で、車で運んでくれている桐山の知り合いの人は四時間往復していることになる。秦汰はなんだかとても申し訳ない気持ちになった。全ての荷物が運び終わって、知り合いの人達が引き上げる時に笑顔で「いい生活になるようにね!」と声をかけてくれたのが唯一の救いだ。秦汰はようやく、この家に来て、これからの新しい生活がきっといいものになると思う事ができた。
「よーし、じゃ、飯にするか!」 知り合いの人たちのワゴンが去っていくのを見守って、竜二は言った。竜二もこの四時間、ずっと荷物を部屋へと運んでくれて、階段を何度も上り下りした所為で腰にきたようだった。両手で軽く腰を揉んでいる。珍しく自分の為に行動してくれたので、なんだか秦汰は感慨深い気持ちになった。 「ご飯はどうしてるの?」 「皆でピザ頼んだり、コンビニ弁当とか買って勝手に食べる奴もいる。でも今日は、お前の為にパーティ開くから!」 竜二はそういいながら、両手を開いてニコヤカに笑う。秦汰はあからさまに嫌な顔をした。 「えー。そういうの苦手なんだけど。何かこう、さらっと合流できないかなぁ」 「お前なー。新しい生活の記念すべき始まりなんだから、ぱーっとやんないと景気がつかないだろ!」 勢いよく肩をたたかれて、秦汰は前につんのめる。完全に夕日が落ちた漆黒の空を見上げて、盛大にため息をついた。 青色のソファーに座らされた秦汰は、無理やり被せられた三角帽子を見上げて、何度目になるかわからないため息をついた。 「おいこら秦汰!もっと盛り上がれ!」 隣のオレンジのソファーに座る竜二が、片手にフライドチキンを持ったままヤジを飛ばした。 「でもさぁ、竜二の友達ってほんっとレベル高いよねぇ。本人はこんななのに」 竜二よりも手前側に座ってる女性が、見下した表情で竜二を見ながら言う。 「こんなって何だよ。倫子、お前なんで武と俺で態度違うワケ?同じ幼馴染だろ?」 「あんたと武じゃ出来が違うのよ出来が。ねっ武」 倫子と呼ばれた女性が、テーブルを挟んで正面の座布団にあぐらを掻いている男性に声をかける。その時の表情は、どことなく色気があって、こちらの方が女性らしかった。 「そんな事より、自己紹介はいいのか?まだちゃんとしてないと思うけど」 武と呼ばれた男性は、落ち着いた雰囲気と声で静かに言った。 「あ、そうだったな。じゃあ自己紹介タイム!秦汰、一応来た時に紹介したけど、今度はもっと詳しく自分でやってもらうから!」 竜二はフライドチキンを振り回して、武と呼ばれた男性を指した。 「じゃあまず武から!」 彼はゆっくりと立ち上がると、秦汰の方を向いて軽く一礼した。秦汰もつられて会釈する。 「名前は杉本 武。二十二歳、大学生です。酒も煙草もやりません。家の事について何かわからない事があったら、いつでも聞いてください。倫子や竜二に聞いても、対して答えてくれないだろうから」 武はそう言うと、口を軽く引き上げて笑った。どこか色気があり、眼差しにも女性ホルモンを刺激する何かがある様に感じた。彼は、もてそうだ。と秦汰は思った。 「ちょっと、竜二はともかく何で私も入ってんのよ」 倫子と呼ばれた女性が威勢よく言って立ち上がる。オレンジのスカートが揺れて、太腿の辺りが露になる。竜二がおおっと唸って思わずスカートの中を覗こうとすると、その顔面を容赦なく右足で踏んづけた。 「死ね!」 竜二は顔面を覆うと地面に崩れ去る。倫子はスカートを軽く払うと、秦汰の方に向き直ってこちらも軽く会釈した。 「皆川 倫子って言います。私の事は気軽に倫子って呼び捨てにしてくれていいからね。困った事があったら何でも言って、個人的な相談とかにも乗れるタイプだから私。それに、秦汰君なら喜んで助力しちゃうよ」 最後の台詞を言いながら、倫子は軽く胸の辺りを強調してみせる。豪快で男勝りなところはあるが体は女性らしく、こちらもまたもてそうだ、と思った。 「おいそれ紹介じゃなくて口説こうとしてんだろ」 ようやく立ち直った竜二がそう釘を刺す。倫子は竜二の方を見ると、ペロっと舌を出した。 「ばれたか。あ、ちなみに私も大学生ね。武と同じとこ通ってます。彼氏は募集中でーっす」 そう言って今度はスカートをめくろうとする。武がそれを制した。 「それくらいにしとけって。この家が修羅場になるのはごめんなんだから」 スカートをめくろうとする倫子の右手を制した武の左腕を見て、秦汰は軽く驚いた。細身にもかかわらず、彼の筋肉は程よく隆起していて、ごつごつとした男の手だった。これでまた、彼がもてるという確信に一つ近づいた。 「よーし、じゃあ今日は歓迎会って事で、皆でぱーっと盛り上がるって感じでー!」 竜二はそういいながら立ち上がり、いつの間にかもう片方の手にも装着したフライドチキンを空高く掲げた。 「それはいいけど、まだ秦汰君の自己紹介がまだじゃん。」 倫子はソファーに腰掛け、竜二を軽く睨む。竜二はおとなしく席についた。武が秦汰の膝を軽く叩く。秦汰は弾かれた様に立ち上がった。 「あ、えーっと、御堂 秦汰、二十一歳です。職業は、一応役者…なんですけど、でも、殆ど売れない役者で、竜二と同じフリーターみたいなもんです」 役者、と言った時点で、倫子の瞳が輝くのを秦汰は横目で見逃さなかった。 「えーっ!すごいすごい!夢追い人なんだぁ」 「じゃあ、舞台とかやってるんだ」 はしゃぐ倫子を横目に、武が質問する。秦汰はソファーに座り、頷いた。 「ええ。俺が一番やりたいのは、ミュージカルなんですけど」 ミュージカル劇団は一番に受けに行ったが、全て落ちてしまった。芝居専門の劇団に入るのは、知り合いのツテもあり楽だったので、今はそこで落ち着いてしまっている。 「へぇー!すごいなぁ。かっこいい」 倫子が更にはしゃぐ。竜二はフライドチキンを齧ると、立ち上がって右手を前に突き出す。 「『哀れなんちゃら王子。なんとかに弄ばれなんとかがなんとかで』みたいな台詞言うんだよな!」 殆ど原形をとどめていない台詞だったが、秦汰はとりあえず頷いた。 「名前もない役だよ。ただの脇役」 「それでも自分のやりたいことに向かって努力してるって、尊敬できるよ。俺なんか、まだそういうの見つけてないから」 「武は女の子にもてるんだから、ヒモでもやってればいいのよ。竜二みたいに」 倫子は女性らしからぬ、女性を敵に回しそうな事をさらりと言ってみせた。竜二がむっとした表情になる。 「俺はヒモじゃねえ」 「ヒモみたいなもんでしょ。彼女に金貢いでる癖に」 「怜奈は金目当てで俺に近づいたワケじゃねーもん。」 「何でわかるのよ」 ちょっとした口論の様な空気になり、秦汰はどうしたものかと困り武を見たが、武は気にも留めていない様子でピザを齧っていた。秦汰はとりあえず、黙って見守る事にした。 「あいつ、いい声で鳴くんだよ」 竜二はニヤリと笑ってみせる。倫子の顔だけでなく、秦汰の顔も露骨に侮蔑した表情になった。 「さいってー。あんた、下半身に脳みそついてんじゃないの」 「同感」 小さく呟く。武はそれを聞き逃さなかったのか、秦汰の方を見て小さく笑ってみせた。 「なんだよ、お前だって対してかわんねーじゃん。俺が男友達連れてくれば手当たり次第にモーションかけるくせによ!」 「一緒にしないでよ、私は良識的な範疇で恋愛の可能性を見出してるだけでしょ!あんたみたいなポ捨てとは違うのよ!あんたがポイ捨てされる方だけどね!」 「俺はポイ捨てなんて一度もしてねえよ!」 「だからされる方だって言ってるでしょ!」 「されてもねえよ!」 といった風に口論はどんどんとわき道にそれていき、結局秦汰と武が眠るまで、二人は言い争いを続けた。秦汰は久しぶりに、心地よい眠りに就く事が出来た。 COPYRIGHT © 2009-2024 Telecastic. ALL RIGHTS RESERVED.
作者 Telecastic さんのコメント 最近、あまりに遅すぎますがLOSTを見始めました。海外ドラマはプリズンブレイク(シーズン2辺りで頓挫)→OZ(シーズン1途中で止まってる)と見てますが、あれ二つしかないし両方シーズン1いけてるかいけてないか程度だ。LOSTも面白いです、かなり。チャーリーかサンと結婚したくなりました。…だめか、チャーリーにはクレアがいるしサンにはジンがいるし。今度はせめてシーズン3までは行ってみたいと思います。 |