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ただそれを見ていた 六


記事No.51  -  投稿者 : Telecastic  -  2009/02/19(木)00:57  -  [編集]
 小鳥のさえずりがどこからともなく聞こえてきて、太陽の光が降り注ぎ、木の枝に遮られて地面に影絵を作る。そんな朝に、秦汰の怒鳴り声が響き渡ったのは、竜二が丁度自室で目を覚まし、腹をすかせてリビングへと出た矢先の事であった。
「竜二!どういう事だよ!」
 竜二は寝ぼけ眼をこすり、秦汰の方を見る。秦汰は普段殆ど変わる事がない顔を大きく変化させていた。動揺に瞳を揺らし、声に混乱が混じっている。無表情で冷静沈着、他人に対して感情の起伏をあまり見せない秦汰がここまで感情を露にしている事に、竜二はほほえましい気持ちになった。やはり、ここに誘って良かった。
「おー。朝っぱらから元気だな!それより、飯ない?腹減ってて…」
「はぁ…?」
 竜二のあまりにも人の話を聞かない態度に、秦汰は怒りを通り越してあきれ返ってしまった。なんだか怒るのも馬鹿馬鹿しくなって、ゆっくり溜息をついた。
「あのさ、俺、この家に来たの一昨日だよ。まだ杉本君とも皆川さんとも全然仲良くなってないし、これから色々手続きとかもしないといけないのに、何でもう新しい人が来てるの!?」
 秦汰が、二階に届かない程度の声でそうまくし立てると、竜二は秦汰の怒りの訳を理解した。
「あぁ!ハルの事か。いやだって、俺は別に誘う気なかったんだぜ。でも、ハルが職場が遠いって昨日愚痴こぼしてたから、だったら家来いよっていったんだよ。知ってる?あいつ、インストラクターやってるんだけど、ほら、この近くにジムあるっしょ。って、来たばっかだからしらねぇか」
 そう言ってははっと笑う竜二の態度に、秦汰は脳内で何かが弾けるのを感じた。
「竜二さぁ、そうやって行き当たりばったりで行動するのやめろよ。たとえ誘うにしたって、何か一言とかさぁ…」
「え、でも俺お前が来るのも二人に言ってなかったけど」
「は!?」
 秦汰は素っ頓狂な声をあげた。その顔があまりにも、いつも感情を言葉で表現したが秦汰らしくなくて、竜二は朝からいいものを見た、と得したような気持ちになった。
「……もういい」
 秦汰は大きな溜息をつくと、朝飯をねだる竜二を無視して二階へと戻った。向かいの部屋では相変わらず荷物の移動があわただしく行われており、大下 晴樹と名乗った男性は、重い荷物を桐山の知り合いと二人で持ちながら、どこへ置くか指示していた。
 三月とはいえ、まだ少し肌寒い。それなのに大の男が何人も小さい部屋を行き来するものだから、辺りはかなりの熱気に包まれていた。彼もその熱気に参っているのか、白いシャツを肩まで捲り、タンスの角を持ちながら額に流れる汗の雫を拭き取っていた。なんというか、これほどまでに青春という言葉が似合う男性を、他に見たことがないほどの爽やかさであった。彼はこちらに気づくと、先ほどと同じ様に純真な笑顔をこちらに向けた。
 彼の笑顔を見ると、秦汰は心が大きく揺らぐのを感じた。柄にもなく竜二に怒鳴りつけてしまったのも、その所為かもしれない。彼の笑顔や仕草に、既視感を感じていた。晴樹は額に浮かび上がってくる汗の粒を右手で豪快に拭い去ると、こちらに向かってゆっくりと歩いてきた。
「すいません、朝っぱらからドタバタしてて。ほんとはちゃんと挨拶にきてからって思ってたんですけど、加賀君が今すぐ来いって言うもんだからつい」
 そう言って控えめに笑う。近くで見ると、本当に恵まれた外見を持っているなぁと感心した。整った眉に丸い目、ふっくらとした鼻に柔らかそうな唇。それに、体も大きい。やはり180は越えているだろう、167前後の秦汰を完全に見下ろす形になっており、肩幅も秦汰より一回り大きかった。露になっている腕にはあからさまではないもののしっかりとした筋肉がついており、秦汰は自分の貧相な腕と見比べて、そのあまりの違いに驚きを隠せなかった。
「えっと、まだ、名前聞いてませんでしたよね」
 秦汰はそこで、ずっと晴樹の体をまじまじと見ていた事に気づき、慌ててすいませんと言い頭を軽く下げた。
「えっと、俺は御堂 秦汰って言います」
「御堂君…。よろしく」
 晴樹はそう言うと、ニッコリ笑って左手を差し出す。秦汰は脈打つ鼓動を抑えながら、その手を静かに取った。
「何か、いい所そうですよね、ここ。これから、よろしくお願いします」
 秦汰は晴樹の言葉に微笑みで返しながら、浮き足立とうとする心を必死に抑え込んだ。これまでの経験から、車輪がつぶれてしまう前にブレーキをかけるべきだと、体全体で悟っていた。晴樹は満足そうに手を離すと、今度は駆け足で荷物運びへと戻る。秦汰は冷え切った目とは裏腹に脈打つ心臓と、未だ力強く柔らかな彼の手の感触を噛み締めている左手を鎮める為、大きく息を吐き、左手を強く握った。

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作者  Telecastic  さんのコメント
睡魔って怖い。どうしてこんなに文章がかけなくなるんだろう。
「もういいかこれで」って思わせる魔力が睡魔にはある。という訳で寝ます。

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