このスレッドは過去ログです

新規投稿 一覧表示 評価順表示 過去ログ

ただそれを見ていた 九


記事No.54  -  投稿者 : Telecastic  -  2009/02/26(木)14:46  -  [編集]
 由希子がルームシェアに参加するようになってから、二週間が過ぎた。竜二達は由希子の参加を快く受け入れてくれ、例のごとく歓迎会が盛大に開かれた。秦汰の目の前で静かに涙を流した倫子は、「あれはなかったことにして」とバツの悪そうな笑顔でそう言い、涙の理由についてそれ以上語る事はなかった。秦汰もそれ以上踏み込む事ができず、なんとなくギクシャクした状態になっている。何とかするべきだという考えもあるが、それよりも、晴樹への想いがあまりにも募っていて、他の事に目がむかないのが現状だった。由希子が来てくれた事によって少しは溜まっていたものが解消されたものの、晴樹の事を知れば知るほど彼にのめりこんでいく自分がいた。もう二度とこんな片思いはしないと誓って三年程しか経っていないのに、また同じ道を歩もうとする自分にほとほと嫌気がさしたが、だからといってどうなるものでもない。秦汰は告白の機会を伺っていた。
「いやー、よかったぜ!秦汰の芝居!」
 晴樹がルームシェアに参加してから四日程たってはじまった舞台は、なんとか無事全ての公演を終了した。竜二や武、倫子、桐山も自腹でチケットを買ってまで来てくれて、最後の公演に合わせて晴樹と由希子も見に来てくれた。その後、シェアハウスで打ち上げをしようと竜二が言い出して、リビングは歓迎会よりも豪華な食卓となっていた。
「面白かった!秦汰君の鎧姿かっこよかったし!」
 倫子がはしゃぎながら言う。秦汰は苦笑いした。
「あれ、結構重くてさぁ。動きづらいし、大変だった」
 キッチンでは、桐山が次の料理を作っていた。まるでフランス料理のフルコースの様な料理の量に秦汰はみるだけで吐き気を催した。
「でも、あれ完結してないよな。続くの?」
 武が缶ビールを片手に問う。秦汰は頷いた。
「うん、次で完結する。前編と後編って感じで、次は午前に前編、午後に後編っていう編成の公演になるかな」
「ってことは、後編も兵士Aな訳か」
 由希子の言葉に、秦汰の顔がみるみるうちに暗くなった。それを察した竜二が無理やり盛り上げようとするが、秦汰は余計自分がみっともなく感じて更に落ち込んだ。
「でもさ」
 胸が跳ね上がる。晴樹が口を開くとすぐこうなる。
「結構、大事な役じゃないのかな。舞台とかあんまりよくわからないけど、あの兵士って、登場人物の心の内を見てる人に理解してもらおうとする役なんだろ?」
「確かに、あれは本筋とはあんまり関係ない存在だしな」
 武が頷きながら言う。秦汰も少し納得した。
「まあ、またこれから稽古とか大変だろうけどがんばってね」
 と倫子がしめて、そこから打ち上げはただの飲み会へと変化していった。缶ビールがそこら中に散乱し、深夜二時を過ぎても騒ぎが収まることはなかった。秦汰は酔いを冷ます為、二階のサロンへ向かった。窓を開くと、涼しさを孕んだ風が秦汰の頬を優しく撫で、秦汰は目を閉じてそれに身を任せた。一人暮らしをしていた時には感じる事ができなかった感覚だ。誰といても何をしていても消えない空虚感は未だ秦汰の胸を揺らしているが、こうして皆と騒いでいる時間だけはそれを忘れる事ができる。胸の内を話す事はできなくても、不安をどこかへ預けて、気を楽にする事ができる。秦汰はようやく、ルームシェアをしてよかったのかもしれないと思い始めていた。
 暫く経つと、背後の方から階段を上がる足音が聞こえた。こうして一人で居ると、必ず武がやってきてくれる。今回もそうだろうと決めてかかったが、心の片隅では晴樹に来てくれる事を願っていた。その身勝手な願いに、秦汰は嫌悪した。階段を上がり終えて、こちらに近づいてくる。が、いつものように自然に隣に座るようなことはなかった。なんとなく廊下で立ち止まっているのを感じる。振り向くと、晴樹がいた。自分の部屋に戻るか秦汰に声をかけるか悩んでいたようだ、晴樹は目を合わせるとにっこりと微笑み、手を軽く上げた。秦汰も笑って会釈する。晴樹はゆっくりとこちらへ向かってくると、隣の席に腰掛けた。
「舞台、本当によかったよ」
 秦汰はありがとう、と言った。胸が焼け焦げるくらいに熱い。仄かな酔いは既に夜空へと放たれていた。今が、チャンスなのかもしれない。
「あーいう世界って、俺には無縁かなって思ってたけど、身近にそういう人が居て、なんていうか、尊敬できるっていうか。すごい世界だなぁって」
 秦汰は、今までにないほど暴れまわる鼓動を抑えるので必死だった。切り出すか、やめるか。心は今しかないと思っていながらも、体は頑なに口を開くのを拒否していた。拒絶されたらどうしよう。初恋の時のように、断られたらどうしよう。あの想いをもう一度味わうのはごめんだ…。
「……」
 秦汰があまりにも真剣な顔をして黙り込んでいるからか、晴樹も話題を切り出すのをやめた。しばしの沈黙が流れる。このままでは、晴樹は部屋に戻ってしまうだろう。空気を敏感に察知する晴樹は、おそらく秦汰を一人にしようと優しさをみせる。秦汰は、今口を開かなければ、このチャンスを逃してしまう事を全身で感じていた。
「あの、さ…」
 やっとの思いでそう言う。腰を浮かしかけていた晴樹が、こちらを向いて、続きを促した。
「大下君に、言いたいことがあるんだ」
 声が震えているのが自分でもわかった。あまりの情けなさに、告白をやめたくなったが、一度口を開くと、あれほど拒んでいたのが信じられないくらいに止まらなくなった。
「聞くと驚くと思うし、理解…できないかもしれないけど、でも、俺は本気だし、冗談とかで言うんじゃないから」
 秦汰の言葉の意味を既に理解できないのか、晴樹はよくわからないといった表情で更に続きを促していた。
「好きなんだ」
 初恋の時に、最後の最後までいえなかった一言が、すんなりとでてきた。晴樹を見つめると、晴樹は唖然とした表情をしていた。
「…え」
 疑問符もついていないような、素っ頓狂な顔だ。まるで不可解な現象に出くわしたようなその顔に、秦汰は絶望を覚えた。だが、熱く煮えたぎるような思いだけは、胸を焦がしていた。
「それって、友達としてとかじゃなくて、女の子を好きになるみたいに、好きって意味?」
 秦汰は静かに頷く。秦汰の真剣な眼差しに、冗談ではないと理解したのか、晴樹は困ったように頭を掻いた。
「……そう言われ、ても。俺、今まで、女の子としか付き合った事ないし、わからないっていうか。男同士で付き合うっていっても、どうすればいいのかわからないし」
 晴樹は余程想定外だったのだろう、ゆっくりと、頭の中を整理しながら慎重に言葉を選んでいた。秦汰は、爆発しそうなほどの想いを消化しきれず、強行手段に出る事にした。
「じゃあ、試してみる?」
 晴樹がえ?とこちらを向き、聞きなおそうとしたところに、秦汰の唇が静かに重なった。身を乗り出して、晴樹の肩を押さえ、ゆっくりと、その柔らかな唇に合わせる。晴樹はあまりの出来事に目を見開き、三秒程してから気がついたように秦汰を突き飛ばした。秦汰の体が大きく吹っ飛び、バランスを崩して床にしりもちをついた。晴樹は立ち上がり、唇を右手の甲で拭いた。顔が紅潮しており、腕は小さく震えていた。
「俺っ…!俺!」
 激しく混乱しているのだろう、声の大きさにばらつきがあり、何が言いたいのか自分でもわからない、という感じであった。
「俺、今まで!女の子と、付き合ってきたし…。将来、結婚とかして、子供とか作るのかなとか、考えたこともあるし…!そういうのだから!」
 吐き捨てる様に言うと、晴樹は自分の部屋へと慌しく帰っていった。取り残された秦汰に、待ってましたとばかりに空虚感が波のようにやってきて、秦汰の胸を打ち付けた。大声を聞きつけたのか、誰かが階段を上る足音がする。
「秦汰?」
 武だ。秦汰は飛び上がるようにおきると、自分の部屋へと走った。部屋の扉を開け、中に入る寸前に、階段を上がり終えた武が姿を現す。秦汰は扉を荒々しく閉めると、急いで内鍵を閉めた。武が静かにやってきて、扉を軽くノックする。
「秦汰?どうした」
 静かで、優しい声だった。今、このシェアハウスの二階にいるのは晴樹と秦汰だけだ。晴樹と何かあったのかもしれない、という推測がついているのだろう。向こうの部屋に聞こえないように、極力音量を絞ったような声だ。武にだけは、この姿を見られたくない。秦汰は、毅然とした態度を心がけた。
「大丈夫。何にもないよ」
 声にすると、まるで自分が、「大丈夫じゃない、助けてくれ」と言っているような声になって、情けなくなった。涙が溢れてくる。泣き声を聞かせたら、そういう意味合いである事を、自ら肯定してしまう。秦汰は唇を強く噛み、それがもれるのを防いだ。
「…」
 ドアの向こう側から、何も聞こえてこないが、武がすぐそばに居るのを感じた。どう声をかけるか悩んでいるようだ。秦汰は耐えられず、息を大きく吐いて、怒るように言った。
「大丈夫だから。一人にしてほしい」
 武はその言葉にすぐ従わず、暫く扉の前に佇んでいたが、秦汰がいつまでも何も言わないので、諦めたように階段を下りていった。秦汰は武がいなくなったのを確認すると、ゆっくりとベッドに横になり、堪えていた涙を開放した。が、涙は先ほどまで溢れ出そうとしていたはずなのに、今は全く出る気配がなかった。

 昔から泣いてばかりいた。泣き虫というあだ名をつけられた事もある。それがいやで、泣くのを我慢するのを覚えた。やがて、高校に入り、初恋を経験した。それは、書物や映画で見るように本当に辛くて、耐えがたいものだった。泣き虫の自分に戻り、毎日のように彼を思っては涙を流した。やがてそれにも疲れ、悲しみは消えないまま、涙すら出なくなった。それから、一人暮らしをはじめ、孤独な時間が流れた。いつの間にか、自分の為に涙が流せなくなっていた。
 秦汰は憤りを感じた。何故泣けない。何故、涙を流せない。あんなに泣きたかったのに、何故今涙が溢れない。無理やり瞳を閉じて涙を流そうとしても、なんとなく瞼に湿り具合を感じるだけで、こぼれるものは何もなかった。秦汰は起き上がる。溜息をついた。もう、自分の不幸に涙を流しすぎてしまったのだろうか。感動もののドラマや映画を見たら、いとも簡単に出てくる涙が出ない。秦汰はもう泣く気も失せ、暫く頭を抱えたまま静寂の時間をもてあました。すると、脳裏に晴樹との接吻が浮かんできた。柔らかく、ふっくらとした唇が、秦汰の唇に重なった。三秒の間の感触を、秦汰はリアルに思い出す事ができた。秦汰はゆっくりと右手を下ろす。いきりたって収まらないそれを、ゆっくりと慰めた。頭の中で何度も何度もその三秒間をリピートして、唇を噛み締めた。やがて晴樹の逞しい腕に抱かれ、愛される自分の姿を思い浮かべた。瞬く間に反応するそれを、激しく扱う。秦汰の体はゆっくりと反っていき、壁に頭がぶつかった。その上に覆いかぶさり、頭の隣に左手をつける晴樹の姿を思い浮かべた。右手で胸を触られる。ゆっくりとシャツのボタンを外されて、露になった胸を、強く揉む。秦汰はそんなシーンを頭の中で再生しては、息を荒々しく吐き出し、手の動きを早めた。天井に向かってそそり立つそれは、普段とはまるで違う速度で限界点を示す。秦汰はそれを察すると、そのまま体を快楽に委ねた。最後に大きく体を反らせ、秦汰は達した。上がったままの息を落ち着かせる事もせず、ベッドに横になり、自らの精液で濡れた右手を見つめた。おそらく、今の自分が今までで一番醜いだろう。虚しさと悲しみで充満された胸が、荒々しい息を吐き出す度に伸縮を繰り返すが、秦汰は涙すら流さず、悲しみに打ちひしがれる事もなく、そのまま眠りについた。

COPYRIGHT © 2009-2024 Telecastic. ALL RIGHTS RESERVED.

作者  Telecastic  さんのコメント
マイケルの過去話とか、どうでもいい。そしてブーン自重

[作品の感想を閲覧する ・ 感想は投稿できません]