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ただそれを見ていた 十


記事No.57  -  投稿者 : Telecastic  -  2009/04/03(金)17:08  -  [編集]
 毛布すらかけずに寝てしまったが、窓から差し込む太陽の光に暖められたので風邪は引かなかった。秦汰はやわらかな倦怠感のまま起き上がると、まず自分の右手が目に入った。自らの欲でまみれたそれは乾燥して、パリパリとした感触で皮膚を引っ張っていた。すぐにでも洗ってしまいたかったが、ドアの前に立ったところで開けるのを躊躇った。もし開けたところで、彼に遭遇したらどうしよう。緊張のあまり軽く震えたが、意を決して開くと、冷たい空気が通る静かな空間が迎えてくれた。向かいのドアからは何の音もしない。仕事にいったのだろうか。何にせよ居ないのは都合がいい。秦汰はほっと胸を撫で下ろすと、そろそろと廊下を歩き、洗面所の方へと移動した。
 手を洗うついでに洗顔も済ませて、歯磨きをしていると由希子が起きてきた。洗面所の入り口でこちらを確認すると、小さなかすれた声でおはよう、と言って隣に並んだ。秦汰も何事もなかったかのようにおはようと返して、歯磨きを続ける。いつもの空間、いつもの時間なのに心境は全くと言っていいほど違う。それがなんだか虚しくて、秦汰は泣きそうになった。
「昨日さ」
 由希子がふいに口を開く。少しドキリとした。
「なんか、杉本君の様子がおかしかったんだけど、上でなんかあったの?」
 どう応えればいいものか。返答を考えている間に何かを感じ取ったのか、由希子はこちらを見て答えを促した。
「あ〜、まぁ、ちょっとね…」
 曖昧な返事を返答の拒否と受け取ったのか、由希子はふーんと言うだけでそれ以上は何も追求しなかった。秦汰は誰かに感情を吐露する事ができない自分の弱さを呪った。倫子の言うとおりだ、俺は一人で何もかもをかかえている。そのくせ、誰かに助けてほしいのだ。勿論、誰でもいい訳ではないけれど。
 なんだか空気が変になってしまったので、歯磨きを終えると早々と部屋に戻った。部屋に戻り、服を着替えたところでふと途方に暮れる。これからのことを考えると、やはりこの家を出るべきだ。こうなる事は目に見えていたのに。秦汰は悔しくて唇を噛み締める。ヘテロセクシャルにばかり恋愛感情を抱く自分に嫌気がさした。そして、こうして自己嫌悪を露にして、自分を攻撃する事で自分の行動を正当化しようとしている自分にも。だが、こうするしかないのだ。自分の気持ちに嘘をつくことだけはできない。それは、自分の存在を否定するのと同義だからだ。秦汰は踏ん切りをつけたように決意すると、一階へと降りていった。

 キッチンの方へいくと、武が一人でコーヒーを飲んでいた。顔をあわせるのが気まずいので、そのまま家を出ようと思ったが後ずさりをする前に武は振り向き、こちらに気付いた。いつもの笑顔で、おはようと言う武の気遣いにほっとした。秦汰も笑っておはようと返すが、やはり昨日の出来事が残っているのか、二人の間には違和感が漂っていた。それを無視するように振舞う二人がなんだか滑稽に見えて、秦汰は苦笑いした。
「昨日はごめんね、心配かけて」
 ここまでしても自分に気を遣ってくれる武の配慮に応えるべきだと思ったので、秦汰は自分から切り出すことにした。武は想像していなかったのか、予期せぬ切り出しに戸惑った様子を見せた。どう答えればいいか分かりかねてるようだったので、秦汰はさらに続けた。
「その、詳しくはいえないけど、色々あって。でも俺が全部悪いから」
 晴樹を擁護するような秦汰の発言に、武は眉を顰めた。
「喧嘩したのか?」
 秦汰は静かに首を振る。武なら、おそらく自分が大下 晴樹に恋したことを言っても嫌悪感を明らかにしたりはしないだろうが、なんだか言ってはいけない気がして、詳しい事情は伏せる事にした。
「そうじゃないけど、でも、もう俺、ここには居られないと思う」
 その言葉を聞いて、武の眉はさらに皺を増やした。怒っている、というよりは怪訝な表情だ。まるで理解できないのだろう、当たり前だ。だが、事情を話すのは気が引けた。
「大下君は何も悪くないから。俺が一人で舞い上がって、一人でこういう状況を作っただけだし」
 そう言って一人で事を終わらせようとしているところも、まるで自分勝手だ。自覚はしていたが、どうにも素直になれなかった。武は当然のごとく、納得いかない表情のままだった。
「何があったのか知らないけど、お前が出て行くのは違うと思うぞ」
 その通りだ。秦汰は頷く。でも…
「お前に誘われた柊はどうなるんだよ。それに、こんな形で出て行ったら、大下や俺だけじゃなくて他の皆も気まずくなるぜ」
 秦汰の言葉を遮って、そう非難する。それはまさに正論で、秦汰はもう何もいえなかった。かといって、これからどうすればいいのか、秦汰には正しい行動が思いつかなかったからだ。黙り込む秦汰を見て、武は優しく続けた。
「俺でよければ、大下と仲直りできるように、計らってみるけど」
 秦汰は小さく笑う。自分にこんな優しい言葉をかけてくれたのは、武がはじめてだった。本当に、非の打ち所がない男だ。秦汰は降参、というように事情を話す事にした。
「……実は俺」
 とはいっても、やはり人にカミングアウトする時はかなりの勇気を要した。武は黙って続きを促す、ええい、ままよ、と秦汰は吐き出すように言った。
「告白したんだ」
 武はその言葉を聞いて、真顔のまま固まった。秦汰はその顔を見た瞬間、内臓が凍るような感覚を覚え、冷や汗が背中の辺りを伝った。拒絶されたらどうしよう、嫌悪されたらどうしよう。そうして怯える自分はまるで小動物みたいに見えたことだろう。武は、そんな秦汰を見てその発言が冗談ではないことを察したようだが、やはりしっくりこないようで、自問自答のような形で呟いた。
「告白って、恋愛感情として、すきだって言った、ってことだよな…」
 秦汰は頷く。かなり気まずい空気は流れたが、不思議と武からは嫌悪感や拒絶反応が全く見受けられなかった。ただ、驚いていた、という感じだ。過去にそういう経験があるのだろうか?まぁ、武程完璧な男なら、男に告白されることもそう珍しくはないのかもしれない。武は納得したように頷くと、事情を整理しようと言った。
「それで、断られたって事か?」
 秦汰はまた頷く。みっともないなぁ、と思ったが、こんなカミングアウトをする事事態既にみっともないので、この際気にしない事にした。
「そうか…でも、まだ出て行く事はないだろ。それなら」
 武は何でも重く受け取る秦汰の性格を理解しているのか、わざと軽い調子で言ってみせた。秦汰はそれだけで、自分の胸に引っかかっていた重しが取れたような気になった。
「そうかな?」
「うん。逃げるのは簡単だけど、ここで逃げたら男じゃないと思うぞ。そりゃ、付き合う…っていうのは無理かもしれないけど、友達とかには戻れると思うし、それに、お前が辛くなったら、柊とか、話せる奴が居ないわけじゃないだろ。…俺に話してくれてもいいし」
 今みたいに、と付け足して、にっこり笑ってみせる武が、まるで救世主のようで、秦汰は彼の前で泣いてみたくなったが、反射するように体はそれを拒否していた。
「そうだね。俺はすぐ、傷つく事から逃げようとするタイプだから。それに…」
 一度、傷ついてるから。その痛みを、知っているから。だが、今回は、逃げないのも悪くないかもしれない。そう思いはじめていた。
「大下には俺から話しておくから。そんなに重く考える必要はないって」
 武は微笑みながら尚も秦汰を気遣った。秦汰はありがとう、と小さく言って、微笑んだ。その時、武の瞳の奥にある「何か」を感じ取ったのは、気のせいではなかったのかもしれない。

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作者  Telecastic  さんのコメント
あ  
  あ あ 

 ようやく
       治ったみたいですね。ただ暫く書いてなかったので
こっちの文章力は治ってないと思います。いや、治るほどあるかと言われたらあれですが
サイトが治るまでどのくらい時間があったのかと考えると、
LOSTをシーズン3まで見れるくらい時間がかかったみたいです。
ちなみにその間僕はアナルシアのあまりの可愛さに発狂していました。
そしてチャーリーとマイケルをこの手で殺めたいと思っていました。いや今も思っています

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