このスレッドは過去ログです

新規投稿 一覧表示 評価順表示 過去ログ

ただそれをみていた 十一


記事No.58  -  投稿者 : Telecastic  -  2009/04/09(木)14:45  -  [編集]
 暖かな空気に、少しだけ涼やかな風が通る。それに乗せるように桃色の花びらを道路に散りばめながら、夜に包まれた桜の木が荘厳に佇んでいるのを街灯が照らし出している。晴樹は火照りあがった頬を外気で冷ましながら、それをぼんやりと見ていた。仕事終わりに同僚と飲みにいったら、ついつい盛り上がって家路についたのが夜十時になってしまった。普段は同僚に誘われても断る事が多いが、今日は自分から誘った。帰りたくない、とまではいかないが、酒でも飲まないと帰れない状況であることは確かだった。それに、こんな夜中ならきっともう寝ているか、自分の部屋に戻っているだろう。それでも歩幅はまるで幼稚園児の様に狭くなり、足に枷がついているようにのろのろと歩いていた。
 一言でいうと混乱。それに驚愕。まず、自分の感情を整理するとしたらそうなるだろう。嫌悪や拒絶というよりは、とにかくびっくりして、あの後、自分が彼に対して何を言ったのかよく覚えていない程だった。それから、仕事中もその事ばかり考えて、殆ど手がつかなかった。昼休憩の時に道行くカップルを見ると脳内で「あれ」が再生されて、晴樹は必死で追い払った。全体的にぼやけていた出来事だったが、「あれ」の瞬間だけは、晴樹の脳内に刻み込むように記憶されていた。柔らかな感触、薄い唇。それをなぞる自分に寒気を覚えて、晴樹は自分の頬を自分で殴る程混乱していた。正直言うと、自分一人では手に負えない問題だ。この気持ちが何なのかわからないし、自分がこれからどうしたいのかすら見当もつかない。こんなに混乱する事はなかった。今までも、そしておそらくこれからも。

 答えがでないまま、手探りのままで家の扉を開けると、廊下の電気が消されていた。予想通り静かな空気が充満しており、奥にある倫子達の部屋から寝息がきこえてきそうなくらいの静寂だった。晴樹はそれにほっとすると、音を立てないようにドアを閉めて靴を脱いだ。安心した気持ちのまま、水を飲もうとリビングに入ると、ソファーに座っている人影が見えて心臓が飛び上がった。一瞬秦汰かと思ったが、武だった。
 武はテレビもつけず、食事をしている訳でもなく、ただ右側のソファーに座って、前を見つめているのみだった。晴樹はいつもと違う武の態度に違和感を覚えたが、とりあえず笑ってただいまと言った。ややあって、武も微笑み、おかえりと言う。声や仕草はいつもの武だったが、それでもいつもと雰囲気が違って見えて、晴樹はなんとなく居辛さを覚えた。そそくさと水を飲むと部屋に戻ろうとしたが、武に呼び止められ足を止めた。
「大下、ちょっといいかな」
 晴樹は軽く頷くと、コップにもう一杯水を注いでソファーに腰掛けた。武は晴樹の方を見ようとせず、ひざに腕を乗せて顎の辺りで手を組み、前を見つめていた。
「秦汰の事だけど」
 心臓が飛び上がりそうになった。その名前が出てきただけで軽くパニックが起こりそうになったが、武は構わず話を続けた。
「どう思ってるんだ?」
 その質問の意味を理解できず、晴樹は怪訝な顔で武を見つめた。武は、秦汰から聞いた、とだけ小さく言うと、質問の答えを促す。晴樹はそれもなんだか複雑な心境になったが、とりあえず質問に答えようと努めた。
「どうって…わからない。今まで、男…の事そういう目で見た事なかったし」
「秦汰と付き合えるのか?」
「……わからない」
「じゃあ、友達に戻りたいのか?」
「……それもわからない」
 晴樹のどっちつかずな態度に苛立ちを覚えたのか、武の声が少しずつ尖ったものになっていった。そうはいっても、本当にわからない。想像もつかない問題なんだ、と弁明したかったが、武の有無を言わせぬ態度に押されてぐっと飲み込んだ。
「じゃあ、もっと単純に考えよう。秦汰とセックスできるのか?」
 武のその言葉を聞いて、晴樹の頭でまた「あれ」が再生された。少し湿ったそれが、軽い電流を伴って晴樹の唇に触れる。そう、まるで電流だ。痺れるような感覚を覚え、晴樹はパニックに陥った。
「セッ、セックスって、いきなりそんな事言われても…その…」
 晴樹の混乱を「YES」と受け取ったのか、武は軽く溜息をついた。
「もし、大下が『そういう道』に走りたくないんだったら、二人がここで暮らし続けるのはよくないと思う」
 武は晴樹を見つめると、真剣な表情でそう言う。晴樹はその言葉に頷き、確かにその通りだと思った。
「でも、俺の所為で御堂君を追い出すのは…」
「ならお前が出て行けばいい」
 間髪入れずに放った武の言葉に、突き刺さるようなものを感じた。武の表情は真剣そのもので、瞳の奥には奇妙な輝きが灯っていた。
「秦汰はここにいるべきだ。ここから出て行くべきじゃない。それに、俺も秦汰にここに居てほしい」
 武の言葉は次々と棘をもって放たれ、晴樹の心に深く刺さった。まるで自分を責めるようなその発言に、晴樹は少しばかりの憤りを覚えた。
「そんな事言われても…、俺は、俺が告白した訳じゃない」
「そうだな。でも、秦汰はここにいるべきなんだ」
 要領を得ない武の発言に、晴樹は苛立ちを覚え荒々しく立ち上がるとリビングを出て行こうとした。廊下にさしかかった辺りで、武の方を向く。
「何でそんなに御堂君にこだわる?もしかして、好きなのか?」
 挑発のつもりでそう言った。すると武は表情を変えずに
「どうかな」
 とだけ言った。晴樹はそれに肩透かしをくらったように驚き、そのまま階段に向かおうとした。すると今度は武が言葉を発した。
「昔」
 晴樹は足を止めて、また振り向いた。武は未だ前を見つめたまま、淡々と続けた。
「近所に、年下の男の子が住んでいたんだ。小学生の頃から、よく一緒に遊んでた。彼は俺になついていたし、俺も彼に兄貴肌を見せていた」
 まるで感情を見せず、無表情のまま語る武に不気味さを覚えた。
「彼と遊んでいる中で、彼に借りたおもちゃとか、ゲームとか、色んなものを貰ったり借りたりしてた」
 武はそこで晴樹の方を見つめると、
「それは今でも俺の部屋の押入れにある。実家の押入れに」
 と言った。その話の意図が理解できず、晴樹は怪訝な顔になったが、武の表情、特に瞳の輝きに気味悪さを感じて、何も言わずに二階へと向かった。

COPYRIGHT © 2009-2024 Telecastic. ALL RIGHTS RESERVED.

作者  Telecastic  さんのコメント
ドリカムの新しいアルバムについてるベストが欲しいんですけど、限定版まだ買えるのかしら

コメントくれた人ありらとう

[作品の感想を閲覧する ・ 感想は投稿できません]