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水色の太陽 第1章 『暗黒に射す採光』 一


記事No.60  -  投稿者 : one  -  2009/04/12(日)13:27  -  [編集]
 鳥が囁く。木々がざわめく。陽が煌めく。長い冬の終わりに自然全てが高揚しているようだ。心地良い風が肌を掠める。

「位置に着いて。」

 マネージャーの合図と共に軽く身体を動かして所定に着く。まずは手を前に置いてスターティングブロックに足を架ける。ブロックが動かない事を確認して指を白線の1o手前に置く。そして静寂。右手と左手の間をじっと見つめる。

「用意。」

腰を少し浮かす。足が伸びすぎないようにする。 汗が一粒頬を伝う。

パーン!

 号砲と共に夕(ゆう)は思いきりブロックを蹴った。この時夕は10秒とほんの少し、風になる。この「10秒とほんの少し」が夕にとって最も居心地の良い時間だった。

−−−−−−−−−−−

「10秒86!新藤これなら今年行けるよ!インターハイ!!」
 息を整える夕に興奮を隠さずに駆け寄って来たのはマネージャーのともよだった。四人居るマネージャーの中では一番陸上に精通していて、自身も中学では全国大会に出場するレベルだった。が何故か高校ではマネージャーに転身してしまい、期待していた先輩や顧問をそれはそれは落胆させた奴だ。マネージャーに転身した理由を聞くと「一身上の都合」としか教えてくれない為に部内では二年が経った今でも興味の的である。
「…86ね…。つっても手動だから実際はよくわからないだろ。」
ハァハァと息をはきながら掠れた声でそう答えた。こういう時はあまり話したくないのが本音だったが、無視する訳にもいかない。
「私が測ったんだから大体合ってるよ!まだ春先だからもっと伸びるね。」
そう言ってスポーツドリンクのボトルとタオルを差し出す。サンキュ、と言って夕はまずドリンクをがぶがぶと飲み干した。春先とはいえ日差しの強い日の競技場はその赤黒いトラックが熱を吸収して気温よりも大分暑い。
ともよの声が聞こえたのか、他のブロックにも夕の記録が伝わり、所々で感嘆の声が聞こえる。
夕にとって、それらは全てどうでも良いことだった。

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夕は、「自分は回りの人間と違う」ということに、小学生の頃には気付いていた。
高学年にもなると夕の同級生達は今時の可愛いアイドルの話で持ち切りだった。置いていかれないように話を合わせていたが、内心ではそれに辟易していた。
夕が気になっのは可愛い女性のアイドルではなく、恰好の良い男性のタレントや、同級生や先輩。全て例外なく自分と同じ「男」だった。
自分のそのセクシャリティを受け入れるのはとても困難で、何度か告白してきた女の子と付き合ってもみたが、全く好きにはなれず、かえって悩みを増やすだけだった。
受け入れるしかないと悟ってからは、周りと同調し、己を隠し、当たり障りの無い生活を送ってきた。
夕にとって陸上は、青春の宝物などではなく、何も考えなくてもいい時間をくれる都合の良い隠れみのだ。 「インターハイ」などと言われても、全くピンとこないのが実状だった。

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「一週間後に他校との合同練習会があるけど、その時にもビシッとお願いね!他校の奴らに見せつけてやってよ!『競技場のプリンス』さん。」
「それやめろよ…。気持ち悪いから。」
『競技場のプリンス』とは誰が付けたか分からないが夕の通り名みたいなものだ。容姿端麗の夕を誰となくそう呼び出したらしく、今では他校の生徒にも蔓延している。というか出所は他校の女生徒、というのが一番有力なのである。なんにしろとてもナンセンスなので本人はあまり気に入っていない。
「合同練習会ね」と鼻で笑いながら、夕は冷めた目で太陽を見た。


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作者  one  さんのコメント
う〜ん、長編の予感。

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