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水色の太陽 第1章『暗黒に射す採光』 四
記事No.66 - 投稿者 : one - 2009/04/13(月)19:06 - [編集]
夕の通う高校のある街は海に面していて、とても自然に恵まれた土地だ。その町並みには斜面が多く、交通には不便なもののその景観は素晴らしい。プラスしてその土地柄の為陸上のトレーニングにうってつけなので、夕の陸上部の顧問は赴任と同時にわざわざこの街に家を買ったという。 夕がこの高校に進学した二つの理由のうちの一つもこの環境だった。そんな場所にある小さな競技場でこの練習会は行われていた。 「待って下さいよー。」と言って付いてこようとする武人を追い払ってから小走りで指導者控室に向かう。その途中でストップウォッチなどの器材を運ぶともよと出くわした。 「あれ、どうしたの珍しい。」 出合い頭にいきなり言われて夕は意味を把握出来ずに咄嗟に「は?」という間抜けな返事をしてしまった。ともよは持っていた器材を目的の場所と思われる場所にガシャンと置くと「ふぅ」と一息ついてから「なんか機嫌良さそうじゃん。」と言った。 そう言われると確かにいつもより表情が緩んでいたような気がして、隙だらけだった自分を思うとなんとなく頬が紅潮してゆくのが解る。その様子を見てともよは楽しそうに「なんかいいことあったんだ。」と追い打ちをかけた。 「べ、別にそんなんじゃねぇよ!」 なんだか意味も無く恥ずかしくて、大袈裟にそんな対応をとってから夕は逃げるようにその場を去った。ともよはそんな夕の後ろ姿を見てクスクス笑っていた。 失礼します、と言って指導者控室に入る。そこには十数名の指導者、自校・他校の顧問や、中には大学生らしい人もいる。間もなくして「新藤!」と呼び当てられた。夕の陸上部の顧問、富田だった。 「もう休憩終わるから短距離ブロック集めてくれ。メニューは俺が直接指示する。」 ハイ、と短く返事をして夕は踵を返す。競技場に出て「短距離集まってー!」と声を上げた。また耳障りな音声が四方から聞こえたが、これも聞こえない振りをした。 夕の顧問である富田は、陸上の教員としてはなかなか有名な人間だ。毎年有力な人材を何人も育成し、去年には県の優秀指導者賞も授賞した。とは言っても夕の入学と共にこの富田も赴任してきたので、夕が彼目当てにこの学校に来たという事では無い。 彼の指示の元、夕含む短距離ブロックは着々とメニューをこなしていった。その場には、武人の姿もあった。 夕はしばしば武人の動きを観察していた。先程はあまり気にならなかったが、よく見ると奴は中々筋が良いようだ。普通の選手が戸惑うような独特な動きのドリルでも、武人は難無く習得していた。中程に感心していると、たまにばちっと目が合ってしまう。夕は少し恥ずかしくてすぐ目を逸らしてしまうが、武人は気にせずさっきみたいに子供のように笑ってぶんぶんと手を振る。それを見ると「やめろよ恥ずかしい」と思う反面、なぜか朗らかな気分にさせられた。 午前中のメニューの最後は軽い走り込みだった。100m×10本を1セット。さして厳しいメニューではない。夕はブロック長ということもあって先陣を切って1番前の列に入った。トラックのレーンにあわせて3、4人が一緒に走る。夕は当然予想していたが、同じ組に武人も入って来た。「お願いしまーす」などと言って軽い態度で。普通は三年で埋まる筈のところだが、ある意味度胸のある奴だな、と夕は思った。 やはり一緒に走ってみて感じたが、武人は中々に速い。後半こそ差が開くが、他の三年には全く引けをとらない走りをする。走り込みなので本気ではないため実際のタイムまではよく分からないが、フォームその他を見る限り、優秀といっても過言ではないようだった。 COPYRIGHT © 2009-2024 one. ALL RIGHTS RESERVED.
作者 one さんのコメント 「夕」がカタカナの「た」に読まれてないか心配…。…その前に誰も読んでないか。 |