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水色の太陽 第1章『暗黒に射す採光』 五


記事No.67  -  投稿者 : one  -  2009/04/13(月)20:39  -  [編集]
「…先輩やっぱりめちゃくちゃ速いんすね…。全然ついてけないっす…。」
五本目が終わって、またスタート地点に戻る途中、武人がハァハァと息せき切りながらそう言った。夕もそこそこに息が苦しくなって来ていたが、武人のそれは少し異常だった。大方少し無理をしているのだろうということは、夕にも容易に想像できた。無理もない、二年がついてくるにはかなりのハイペースだ。遅れる事なく走っているだけでも見兼ねた根性だと、夕は思う。
「お前も中々やるじゃん。もっと遅い奴かと思ってたよ。」
これはある意味嘘だ。夕はある程度の速さは予想していた。ただ武人の気を煽るのに十分な文句だと思ってそう言った。
「失礼っすね…。これでも結構やる奴なんすよ、俺。」
自分で言うけど、とか言いながら武人はやっぱり苦しそうだった。
しかしその後残り五本も、その調子で遅れず走り切ったのだから、確かに結構やる奴だと思えた。

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「午後からの練習は競技場じゃなくて海に行くから。昼食をとったら一時半に駐車場のバスに集合。」

午前中の練習のダウンが終わり、短距離ブロックの選手達を集めて富田が言った言葉だ。
『海』というとなんとなく楽しいイメージを持つが、陸上に於いてこのワードに喜ぶ選手など誰もいない。そもそも春先の海など冷た過ぎて入れたものではないのだから、海水浴に行くわけではないことくらい誰にだってわかる。

日中になって気温が上がって来た。春といえど陽射しはじわじわと体力を奪う。夕は競技場の出口で頬を伝う汗を拭った。中にいるよりは外にいた方が断然涼しく、ナカマ達のつまらない話に相槌を打つ必要がなくなる。いつもこういう長い休憩時間には外の木陰で一人で昼食をとっていた。夕のお気に入りの木陰は、競技場に隣接する大きな公園の中にある。
夕は足早に件の公園に向かう。途中、競技場に沿って植えられた桜並木が目に入った。今日の暖かさもあり、桜並木は満開とはいえないが十分な美しさを見せていた。そういえば、あの木も桜だったな、と夕は思い立って歩く速さを増した。
例の桜の木は、あまり目立ったところには無い。公園の入口近くには、最近植林されたある程度の大きさの桜が数本あって、大体の人間はそっちに目が留まる。その公園の奥まで歩いていくと、ポツンと、一本だけ、その立地のせいかあまり大きくなれなかったのだろう桜の木があるのだ。見た目が良いとはお世辞にも言えない木だったが、夕は、その木がとても好きだった。

目的の桜はまぁまぁの咲き具合だった。やはり今日初めて花が咲いたらしく、散った花びらはほとんど無い。しかしただ一つ問題があるとすれば、なぜか先客がいた事だった。しかも無遠慮に大の字になって幸せそうにすやすやと寝息をたてるそれは、先程まで死にそうな顔で夕の後ろを走っていた、あいつ。とりあえず夕はクエスチョンマークを浮かべるしかなかった。


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作者  one  さんのコメント
1章がどんどん延びる…。

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