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水色の太陽 第1章『暗黒に射す採光』 六


記事No.68  -  投稿者 : one  -  2009/04/14(火)00:53  -  [編集]

太平楽に眠る武人の足元に立ち尽くし、夕はこの事態をどうすべきか少し考えた。ジャージのポケットからあまり使わない携帯電話をとり出して時間を確認する。12時8分。時間はまだまだある。他を探すか?とも思ったが、とてつもなく面倒な気がした。
仕様がないので武人を避けて空いてる場所に座り、たまに落ちるピンク色のヒラヒラを眺めながら、コンビニで今朝買ったツナのおにぎりをちびちびかじった。しばらくぼ〜っとしながらかさかさと風が木々の葉と戯れる音を聞き、思い出したように、「…桜って、ピンク色だったな」とひとりごちた。
夕は久しぶりに自然が美しいと思った。空は曇りなく晴れ渡り、青々と讃えている。そこに桃色の羽が揚々と拡がり、ヒラヒラと舞う花びらは、まるで妖精が躍っているかのようだ。去年もこの季節にここに座っていたが、果たしてここまで美しい情景だっただろうか。何故ここまで違うのか、夕にはよく分からなかった。いや、薄々感づいてはいるが、あまり信じたくなかった。
「今日会ったばかりだっつの。」
そう言って武人を見た。さっきと微妙に体勢が変わっていたが、依然気持ち良さそうに寝入っている。

−−−−−−−−−−

時間は1時を回っていた。どうやら夕も少し眠ってしまっていたらしい。座ったまま木にもたれて寝ていた為か少し身体が痛んだ。立ち上がって伸びをして、未だに隣で寝息をたてる固まりに蹴りを入れた。武人はそれにびっくりしたようにがばっと起き上がると、寝ぼけているのかキョロキョロと周りを見ると訝しげな顔をして、漸く足蹴の主である夕を見上げて視認すると眼をぱっと輝かせた。
「先輩なんでここにいるんすか!?俺の特等席っすよここ!」
見事にこっちの台詞だと思ったが、皆までは言わなかった。
「もう1時回ったから、そろそろ戻んねぇとマズイぞ。」
上から見下してそれだけ言ってやった。武人は己の携帯を確認すると、夕を見てアハハと笑った。その後夕が下げるコンビニ袋に視線を落とすと、
「もしかしてここでご飯食べたんすか?だったらもっと早く起こしてくれれば良かったのに。」
などと文句を垂れた。

−−−−−−−−−−−

「よそ者のくせによくあそこ見つけたな。」
競技場に戻る途中で気になったから聞いてみた。武人は上機嫌に歩きながら答えた。
「昔から好きなんすよ。自分だけの秘密基地とか捜すの。なんかこういう大きな公園とか見ると、血が騒ぐんすよね。なんかありそうで。」
またあの子供のような笑みを浮かべている。夕はまた心が暖まるのを感じた。なんとなく、夕はこの顔に弱かった。
「あそこは俺が最初に見つけたんだよ。あの公園ってさ、入口の桜にみんな注目するんだ。誰もが外見の綺麗なもんに目が眩んで、もっと奥まで入って行こうとしない。その奥にあるものが本質で、そいつはめちゃくちゃ淋しがってるのにな。」
夕は遠くを見ながらなぜかそんな話をしていた。
「あの桜は『そいつ』だよ。新しいものに客盗られて、淋しいって泣いてたんだ。…なんか、他人の気がしなくてさ、あそこに居ると落ち着いたんだよ。」
言ってから変な事を口走った気がして、「って、俺何言ってんだろ。」とごまかした。武人はいつになく真面目にその話を聞いていたが、すぐにニカッと笑って「先輩って結構キザっすね」と言った。夕は小さな声で「うっせぇよ」とだけ返した。

しばらく歩いていたら前から小柄な女子が歩いて来た。何かを捜しているようだったが、武人に気付くと小走りに寄ってきた。夕はなぜか、嫌な予感がした。
「武人、やっと見つけた。何処に居たのよ…。」
少し息を切らしたそのスポーティな女の子は、夕に会釈をした後そう言った。
武人は楽しそうに「あの辺!」と言ってさっきの公園とは見当違いな方向を指差した。女の子は疑いの眼差しで武人を見る。
訝しむ夕に気付いたのか、武人は言わなくても良い事を口走った。
「あ、先輩紹介しますね!俺の彼女の香奈っす!良い奴なんすよ。」
と。
その瞬間、夕の瞼に映る桜の花は、真っ白に染まった。
また、全てがシロクロになった。


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作者  one  さんのコメント
ようやく1章終了…。

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