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水色の太陽 第5章 三−@
記事No.127 - 投稿者 : one - 2009/10/06(火)01:48 - [編集]
どうしてあいつがあんな寂しそうな顔をする。
別にハッキリと見えたわけでは無い。 そもそもあそこに立っていた人物が本当にあいつだったかすら、今思えば危うい。似たような服を着た似たような背格好の人物だったかもしれない。 しかし夕はそんな不明瞭な記憶にも関わらず、あれが武人であったという事を疑えなかった。 そして、焦りにも似た疑問と、ほんの微かな期待が入り交じったような、そんな得体の知れない気概を抱いていた。 あの後100m予選で夕と武人の会場が同じになっても、武人は夕にいつものようにちょっかいをかけて来なかった。適当な挨拶はして来たが、交流という交流はそれだけで、それ以外はずっといつもの人好きのする笑顔で自分の直属の先輩や同期の奴と喋っていた。 別に大して落ち込んでる風でも無いし、『仲が良い』と言うわけではないから、他校の先輩である自分から奴に話かけるのは何だか気恥ずかしくて出来なかった。 この日はそのまま終了となり、一同は宿舎に帰った。 宿舎は寝泊まりが出来るだけの簡素な物だったので、食事は近くのファミレスに行って食べる事になっている。 ずっと試合を見ていてくれた恭介もそこに飛び入り参加して居て、レストランのテーブルは大学の部活動の辛さの話で大盛り上がりだった。 夕も相応に話に参加していたが、そんな時もさっきのあいつの顔を忘れられないでいた。 食事が終わると一同は近くの銭湯に行く。 その銭湯は風呂の種類は多いしサウナも三種類くらいあってかなり良い銭湯だった。夕の学校の近くには同じ値段で風呂もサウナも一種類しかない銭湯があるので違いは一目瞭然だ。 しかし夕はあまり銭湯が好きではなかった。別に裸の男ばっかりでいたたまれないからではない。選手達の裸などいつも見慣れているので、今更別段興奮するようなものではない。ただ、誰が入ったか分からないような湯に浸かる事に少し抵抗を感じるのだ。それを部員に前言ったら「神経質だな〜。」と言われた。 券売機の『大人』と書かれたスイッチを押すと、小さなチケットが落ちてくる。同時に、ジャラジャラと小銭がチケットとは別のブースに落ちて来た。夕はその小銭を集めて財布に入れると、チケットを持って受け付けに向かった。 受け付けでは壮年の女性がニコニコしながら対応をしていて、夕が無言で差し出したチケットを確認すると、「男湯は右手になります。ごゆっくり。」と言ってブレスレット式の鍵と交換してくれた。 脱衣所に入ると既に部員の何人かは服をぬいで風呂に向かおうとしていた。 やはりこうして見ると、一年はまだ肉付きが緩く、中学の延長と言った感じを受ける。打って変わって二年はほとんどがしっかりとした筋肉を付けていて、三年と遜色無い者もいる。前山などは去年は胸も腹もぺらぺらだったが、今では部内で夕に次ぐ程だ。一年間のトレーニングでこれほどまで変わるのか。 夕がそう半ば感心していたら、後ろからコツンと頭を小突かれた。 振り向くと恭介が立っていた。 「ゆーすけ、なんやぼ〜っとして。」 恭介はそういうと自分のカゴをどさっとロッカーの上に置いた。夕のすぐ隣だ。 「先輩、風呂道具まで持ってたんですか?妙に用意良いですね。」 「どうせ来ると思ってな、念のため準備しといた。」 着ていたポロシャツを豪快に脱いで、恭介は言った。 「そんなに銭湯好きですか?…俺はあんまり好きじゃないですけど。」 夕もそう言って上に着ていたTシャツを脱ぐ。 「なんでやねん。楽しいやろ、大勢で風呂入るんは。」 恭介は次にジャージのズボンをさっと脱いだ。パンツは紫と黒のローライズのボクサーだった。かなり際どいが、思わず見とれてしまう程、その恭介の毛の薄い褐色の長い脚に似合っている。恭介が下着に手をかけた時、夕は咄嗟に視線を自分のロッカーに戻した。 「だって銭湯とか基本おじさんの使用率が高いでしょ?角質とか浮いてそうで恐いじゃないですか。」 「そんなん一々考えとるんか〜?どうでもええやん。…ほな先入っとるでー。」 恭介はタオルを腰に巻きながら、夕の後ろを歩いて行った。後ろ姿を見ると、腕や脚と同じ色をした小さな尻が見えた。夕は一人、自分の下半身に危機感を覚えた。 『頼むから反応してくれるなよ…。』 心の中で夕は自分自身に懇願する。 風呂場の磨りガラスの扉を開けると、石鹸のほのかな香りを孕んだ熱気が夕を包む。そこは大はしゃぎした部員達で賑わっていた。よく見ると夕達とは違う学校の選手も居る。しっかりタオルでガードしてる奴が1番多いが、たまにぶらぶらさせた奴もいる。そういう奴は自慢なのか確かに大きい。 夕もタオルでガードしながら、まずは洗い場に向かった。五列に跨がるシャワーブースを歩いていると、調度身体を洗っている恭介を見つけた。横に座るのは少し恐ろしい気がしたので別所にしようかと考えていたのだが、鏡越しに恭介と目が合ってしまった。 仕方なく内心どぎまぎしながら隣に座って自分のカゴを正面の鏡の前にあるスペースに置くと、シャワーの摘みを捻った。豪快な水音と共に温かい湯が降り懸かる。目の前の湿った鏡には、冷めた男の顔が映っていた。 夕は自分の顔が嫌いだ。なまじ整われているから、面倒な事は多いし、愚かな事とは知りながらも馬鹿な自負を抱いてしまう。外見の美しさは内面を汚くする。 実際、外見が良い事は社会にとってプラスになる事ばかりでは無い。この不都合な世の中だ、汚い羨望とひがみはその辺にありふれている。 「ゆーすけ、シャンプー貸してくれ。」 じっと鏡の中の自分を睨んでいた夕だったが、恭介の声に我に返った。「あ、はい。」と言ってシャンプーをカゴから取り出して恭介に手渡した。 「サンキュー。ってなんやこれ、見た事ないわ。なんのシャンプー?」 「俺の母さんの会社の製品ですよ。化粧品の会社なんです。」 「ぇ、じゃあ結構高いんちゃうんか?ええんか使って。」 「全然良いですよ。家に何本もあるんで。」 「マジでか!…お前結構セレブやなぁ。」 「ハハ、別にそんなんじゃないですよ。」 夕はそう言うとカゴから洗顔料と泡立てネットを取り出した。これらも母親の会社の製品だ。夕は昔から皮膚が弱く、市販の物を使うとすぐに肌が荒れてしまう。それを憂えた母親が、自社の製品を夕に与えているのだ。 「なんかあんまり泡立たんな〜。」 夕が洗顔料を泡立てていると、シャンプーをしている恭介が言う。夕はその時まじと恭介を見てしまった。髪を擦る度にぴくぴくと動く胸筋が目に入る。背中からヒップにかけてのライン。そこからすらっと伸びる脚。パンと水を弾く若い褐色の肌。どれもがセクシーだ。陰部は腿にかけたタオルが隠しているが、そこから少しはみ出した陰毛が堪らなくエロい。 夕はまたさっと視線を前に戻して、「あー、二回やって下さい。」平静を装ってそう言った。 「そういうもんなんか?」 恭介は怪訝に言う。 ひとしきり身体を洗い終えてから、夕は露天風呂に向かった。風呂は嫌いとは言ったが、露天風呂は結構好きだ。涼しい外気の中で浸かる温かいお湯はとても気持ちいい。 露天に続く引き戸を開けると、さっき風呂場に入った時とは逆に、夜の匂いを含んだ涼しい風が身体に当たる。そこには高島と前山が居て既に湯に浸かっていた。後ろから見ると、二人とも肩と背中の色が全然違う。見事なユニフォーム焼けだ。この二人は夕が1番目をかけて指導してきた奴らだ。 二人は夕に気付くと、はにかみながら小さく会釈をした。 「なんだよお前ら俺の露天に先に入りやがって。汚くて入れねぇじゃねえか。」 別にそんな事は思ってもいないが、冗談めかして言ってみる。それに「え〜!それは無いですよ!」と前山は大袈裟に反応するが、高島は苦笑いを浮かべるだけだった。 夕は二人の正面に浸かって空を見た。気持ちばかりに四角く切り抜かれた天井から、四角い夜空が覗く。日中には雲ばかりだったが、今では星が見える程に晴れている。明日は晴れか。 夕がそうしばらく嘆息していると、前山が思い付いたように切り出した。 「あ、先輩、そういえばここにさっき朝日が居ましたよ。『サウナ行く』とか言ってさっさと出てっちゃいましたけど。」 COPYRIGHT © 2009-2024 one. ALL RIGHTS RESERVED.
作者 one さんのコメント 半分
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