「何の真似だよ、やめろ……人を呼ぶぞ！」
　夕暮れ時の静かな温泉宿の浴場。俺は偶然一緒に居合わせた男によって、湯舟から上半身を突き出され岩場へと俯けに押さえ付けられる形で組み伏せられていた。
　それは俺にとって、まさしく予想にもしていない旅先での突然の出来事。パニックになりながらも、男から逃げようと必死になって抵抗しようとする。しかし中年の風貌のわりに屈強な体格をしたその男は、俺が抗おうとしてもまるで怯む気配はない。
「シラける事言うなよ。それにこんな現場を他の奴らにも見られるのは、お前だって具合悪いだろ？」
　男はそう言いながら、背後へ突き出す様な姿位を強いられる俺の臀部へと、手を這わせてくるのだった。
「っ……！？」
　ゴツゴツした男の手で臀部を撫で回されるや、全身が一気に鳥肌立ち、俺の中で身震いしそうになる嫌悪が駆け巡っていく。
　しかし男は、今年で二十四にもなった野郎の尻を、まるで愛でるがごとき手付きで弄ってくる。それが俺にとっては逆に生々しくてならず、いっそうのおぞましさに駆られていくのだった。
「綺麗な肌とケツだ、惚れ惚れするぜ」
　するといきなり、男は自らの唾液で濡らした中指をヒップの谷間へと分け入らせてきながら、俺自身ですら滅多に触れた事もない肛門へと押し付けてくる。
　ハッと、俺は一気に青ざめた。
　だが俺に抵抗する間などなかった。そのまま男の指先が、俺の収縮する蕾へグッと圧力を加えてきながら強引に入口を押し広げていく。
「んぁぁっ……！」
「へへ、いい締りじゃねぇか。ケツの味を覚えておくのも悪くないぜ？」
　軽い口調で男は言いながら、さらにグイグイと指を俺の肛門の中へ深く押し込んでいくのだった。
異物の侵入に、内壁が激しく収縮して男の指を締め付ける。身体の内部で蠢く様な指の感触と圧迫感を下半身の背後から感じさせられながら、男である俺は生まれて初めて身を穢されるという意味と恐怖を思い知らされていく。
「お願いです……もうやめてください……」
　身を震わせ息を荒げ、俺は必死になって男に懇願する以外に術を失っていた。
　しかし男が聞く耳を持つ様子は微塵もなかった。それどころか、根元まで指をしっかりと俺の中へ埋めてきながら、内壁のある一点にグッと指先を食い込ませてくる。
「ああっ！」
　その瞬間、俺はビクッと激しく身体を震わせた。股間や下腹へまで響く様な、鈍痛にも似た疼く感覚が己の中で沸き起こる。
「でかい声出すなよ。隣は女湯なんだぜ？にいちゃんの連れが、今入ってんじゃないのか？」
　すかさず、男はそう俺の耳元で囁く。
　男の指摘に俺は声を失った。そして同時に、宿に来た最初から自分はこの男によって目を付けられていたのだと、その時になってようやく気付かされる。
　職場の同僚でもある恋人との、連休を利用した郊外への温泉旅行。それはついさっきまで、ささやかながらも楽しい思い出となるはずのものであった。しかしそんな俺の恋人との淡い時間は、目の前の男によって徹底的に踏み躙られていく。
「こんな事、許されると思って……んっ……んぁっ……」
　反論しようとする俺に対し、さらに男は俺の中の敏感な部分を責め立ててくる。
　初めて知らされるその強烈な刺激が駆け巡り、俺は抵抗どころかひたすら身悶えさせられていくのだった。
「大人しくジッとしてた方がいいぜ？下手に暴れてケツの中が傷付きゃ、後々治りが面倒だからよ」
「ひぁっ……んんっ……！」
　男から忠告を受けてもなお、俺は反射的に何度も身を捩らずにいられない。
　しかしそんな男からの強制的な刺激は、恥辱に塗れる心とはあまりに対照的に、俺の下半身を急速に火照らせてきてしまうのだった。
　そしてその事実に、俺は愕然とさせられる。男によって肛門を容赦なく責められながら、いつしか俺の股間はその刺激に反応してくる様に疼き出してくるのだった。
（嘘だろ……そんな……！）
　俺はとてもその事実を受け入れる事が出来なかった。しかし意思とはまるで無関係に、さっきまで力なく垂れ下がっていた俺のペニスが、急速に硬さと熱を増してきてしまう。
　そんな俺の様子を、すぐに男も察してきた。そしてすかさず、俺の勃ち始めるペニスをもう片方の手で掴んでき、乱暴に扱き始めてくるのだった。
「ほぅ、なかなか感度のいい身体してるじゃねぇか」
「あっ……ああっ……」
「やっぱ若けぇ奴は元気があって羨ましいぜ。にいちゃん、今夜はこれで女を存分に泣かすつもりだったんだろ？」
「はぁ……んっ……くぅっ……！」
　ブルブルと、強張った身体が小刻みに震えていく。男から前と後ろを同時に刺激されながら、俺はただただ翻弄させられてしまう。そして男の手の中で、俺のペニスは呆気ないまでに反応をエスカレートさせていき、はち切れんばかりの塊と化していく。
「へへ、爽やかそうな顔して、随分とやらしい声出すんだな」
「やめっ……もう許して……！」
　ベソを掻く様な声を俺は洩らしていた。もはや体面すら考えていられる余裕はなく、ひたすら男からの行為に怯え、そしてされるがままに弄ばれていく。
「ビビんなくなって大丈夫だ。俺だって何も、にいちゃんに初っ端からぶち込む様な真似はしないからよ」
　しかしそんな男の言葉は、俺に何ら安堵を与えるものではなかった。俺の心とプライドはすでに完全に打ちのめされていた。壁向こう隔てた女湯に恋人がいるというにも関わらず、俺は見も知らぬ男から辱められ、それでいて今や否定しようのない性感を覚えながら悶えているのである。俺は完全なる被害者なのかもしれないが、それでもなお、こんな恥ずべき姿を男の前に曝け出している事に激しい自己嫌悪で苛まれていく。
「だ、だめ……それ以上は……ホントにっ……！」
　俺は最後の一線だけは何としてでも耐えるべく懸命に努めた。
　しかし男は加虐的な笑みを浮かべながら、さらに激しく俺の前後をピンポイントで責め立てていく。
　結果的に、俺の最後の抵抗などあまりに無力でしかなかった。
「ひぃっ……うぁぁっ……！」
　甲高い声が、浴室に響き渡る。
　男によって俺は絶頂へと導かれてしまったのだ。大量の白濁が、勢いよく反り返ったペニスから噴出していく。
　激しく身を痙攣させながら、ビュッビュッと連続的に精液を湯の中へ撒き散らせる俺の姿を、男はこの上なく満足そうな様子で眺めていた。
　俺はそのまま、放心して脱力してしまう。
「にいちゃん、なかなか素質がありそうじゃねぇか」
　そう言いながら、男はようやく俺を解放する。
　しかし俺はぐったりとしたまま、しばらく動き事も出来ない状態となっていた。それまでとはまるで比較にならない強烈な射精の余韻に、文字通り頭の中は真っ白となってしまう。
「今晩、連れと楽しんでもまだ物足りなかったら、俺の部屋に来な。もっといい目見させてやるからよ」
　男はそう言うと、自分が泊っている部屋の番号を告げ、湯舟から上がってさっさと浴場から立ち去ってしまう。
　広い浴場に、俺一人だけが残される。俺はなおも朦朧とする意識の中で、どういう訳か男が伝えた部屋の番号だけは鮮明に記憶に刻み込んでいたのだった。