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銀色の月 第一話
記事No.180 - 投稿者 : one - 2013/06/19(水)17:22 - [編集]
※告知用の為第一話のみの掲載になります。
第一話 『新生活』 白塗りの壁面は、先月塗り替えられたばかりらしい。 ここに一年も前から住んでいるという志田先輩が、先月はガッタンガッタンと何やら作業する音が一日中響いていて、全く落ち着くことができなかった、とそうぼやいていた。 志田先輩は高校時代の部活の先輩で、このマンションを紹介してくれたのもこの人だ。大学からほど近くて、スーパーや駅の近くで立地も良いしなにより家賃が安い。 おかげでほとんど入れない物件だそうだが、ちょうど一月前に住人が引っ越し不動産屋に登録される前に差し押さえることが出来た。 本当に残り一部屋しか空いていないのかと勘ぐるほどに、入口の扉を開けたばかりのフロアには人気が無くて、しんとした静寂が耳に痛い。 真っ白な壁面に並んだとある扉のドアポストには、しばらく部屋の主が帰ってきていないのか、宅配便の不在票が無造作に突っ込まれたままだ。 学生マンションだけに、住人は大学の春休みに実家に長期帰省しているのかもしれない。なるほど一応人が生活しているわけではあるらしい。 四つほどのドアが並ぶ一階を突っ切ると、ようやく自身の部屋のある二階への階段が現れる。 あまり考えずに先輩の言うなりになってここに決めたものだから、まじまじと建物の作りは見なかった。今思えば上階への階段がこんなに遠くにあるのは変な構造だ。 しかし白という色は良い色だな。なんとなく心が晴れやかになる。 階段を一段一段踏みしめながら、今日から自分の根城となる下宿の隅々を記憶する。最近塗り替えられたばかりの建物内部は、流石に蜘蛛の巣など貼っていなくてとても清潔な香りがした。 階段を上り終えたら、Uターンするとさっき見た光景の鏡映しのような景色が広がる。 さっきは入口だった扉が、ベランダのガラス窓になっていることを除けば、まるでデジャビュだった。 一部屋、二部屋、超えた先の三部屋目。もう一つ四部屋目があってまた階段になる前のこの部屋が、今日から少なくとも数年間、生活するだろう部屋だった。 部屋番号は203。 誰が聞いても二階の三番目の部屋だと分かる。 深呼吸をして、扉を開けた。 部屋の中には先日家族総出で運び込んだダンボールがこれまた無造作に積んであった。 どれがどの箱だったかなんて一々覚えちゃいない。 ユニットバスに1Kの6畳間。 男の一人暮らしには丁度いいだろと父に言われた。 「布団でいいだろ。」とめんどくさそうな顔をした父親に「絶対にベッドが良い!」と言い張って買ってもらったシングルのベッドが、タダでさえ狭い居室をさらに狭く見せていた。 「やっぱり布団の方が良かったんじゃないか?」と苦い顔をした父親に、いいやそんなことはないと意地を張ったものの、ここまで部屋の間取りを圧迫するとは思っていなかったのが本音だった。 玄関に一番近いところに置いてあったダンボールをバリバリ破りながら、どうしようかなと小さくため息を付く。 ダンボールの中から出てきたのは、マグカップやお皿など、母がこれもこれもと無駄にたくさん詰め込んだ台所用品だった。 どこに収納しろというのか、さらにため息が漏れた。 片付けを適当に済ませたところで一服のつもりで件のベッドに転がっていると、最近変えてもらったばかりのiPhone5が初期設定のままの着信音を鳴らした。 画面を見ると、見慣れた名前がそこにあった。 まだあまり使い方が分かっていないが、画面に表示された「応答する」ボタンを押してみる。 本当にこれで良いのか?なんて不安になりながら、おそるおそる普通の電話のようにiPhone5を耳に当てた。 「…えっと、もしもし?」 「良かった出た!もう着いてるよな?頼みがあるんだけど…。」 そう唐突に切り出したのは、高校からの親友。 男は嫌な予感がしてもう一度大きく息を吐いた。 ✽ 自転車を走らせてものの十分程度。 大学に向かう通学路の途中にそのマンションはあった。 自分が住まう小さな賃貸マンションと比べて、その建物は見るからに大きく、見るからに家賃が高そうだ。 適当に数えた限りでは6階建のこのマンションは、臙脂っぽい茶色の壁で覆われており、入口は五段ほどの階段で少し高くなっていて、黒っぽいつるつるした壁で特徴づけられたガラスドアの玄関の上部には、「メゾン山岡」という恐らくこの建物の名前と思われる金文字が書かれている。 少しエスパーを披露すると、この物件の所有者は恐らく山岡さんだ。 玄関の前に立つと、ガラスの自動ドアが勝手に開いた。 しかしこれで中に入れたわけではないらしく、玄関は二重になっていてもう一枚のガラス扉が偉そうに目の前に鎮座して動かない。 こんな経験は初めてだったものだから少し戸惑いもしたが、確か先ほどメールであいつが『中からロック解除するから電話して』と言っていた。すかさず電話をかけると、奴は電話に出ることなくロックを解除したらしい、先ほどまで赤く点灯していたドアの中央上に設置されているライトが、『カチ』という無機質な音とともに緑色に変わった。 呆気にとられながらドアに一歩近づくと、先ほどまで有無を言わさず自分を拒絶していた偉そうなドアは、どうぞいらっしゃいませとでも言わんばかりにすんなり自分を通してくれた。 中は少しグレーっぽい色の内装で受付などはなく、無人のセキュリティという奴なんだろうと思った。 とりあえずいきなり階段で出迎えてくれる辺りは、自分の下宿より賢い作りだと思った。 奥に見える誰それの部屋の入口は無視して、明らかに掃除の行きとどいた階段を上がる。なんだか今日は階段ばかり見ている気がするのは気のせいだろうか。 先ほど電話をかけてきた親友がここに暮らすのかと思うと、少しうらやましいような気がした。 とはいっても、『あいつら』の再三に渡る誘いに断固として応じなかったのはほかでもない自分なのであるが。 親友の部屋があるという四階まで上がってきた辺りで、馬鹿なミスを犯したことに気がついた。 階段よりもちょっと奥まった所に、エレベーターが設置されている。 六階もある建物を毎度階段で上がるのは少々馬鹿げているなぁとは思っていたが、ただ単に自分の視野が狭いだけだった。 無駄に上がった心拍を鎮めながら、「なんかついてないな…。」そうつぶやいた。 エレベータの目の前には大きな鏡が設置されていた。 男はいつも通りカチカチに立ち上げたヘアスタイルをちょっと弄って、友人の部屋に向かった。 友人の部屋は408号室。 何か作業をしているのか、部屋の扉は開け放たれていた。 部屋の中を覗き込もうとした時、ひょいと顔を出したのは、見知ったやせ形の中年男性の顔だった。 「おお、来てくれたか!すまんね!」 そう言って男性は手招きした。 「いや、ありがとう。忙しいところだったろう?」 男性は玄関の少し入ったところで洗濯機の取り付けをしながら申し訳なさそうに微笑んだ。 「おじゃましまーす。いえ、もうほとんど終わってますから。」そう言って部屋の中に入ると、段ボール箱が適当に散乱している所以外は自分のとは全く違った部屋の間取りが拡がっていた。 さしずめ2DKといったところか。 玄関から右手にはダイニングキッチンがあって、奥に二つ部屋が見える。 一つの部屋の中には封のしまった段ボールが全く手を付けられず重ねてある。もう一方の部屋では、件の親友が忙しそうに片付けをしていた。 「おーい、来たぞ!すっげーなぁ。めっちゃ良い部屋じゃん?」 羽織ってきたダウンジャケットを脱いで、足元の段ボールをかわしながら、忙しそうにしている友人にしっかり聞こえるように声を張った。 「だから、お前もここにしたら良かったんだって。3DKの部屋もあったんだぞ。」 彼はある段ボールの箱から、参考書のようなものの束を引っ張り出して、少し重たそうにそれを持ち上げながらそう言った。 しばらく会わないうちに髪を茶色く染めたようで、ジャニーズジュニアに居ても全くおかしくない顔立ちの彼は、なんだかかっこいいというかかわいいというかどっちつかずな印象をさらに強めた風に見える。 この部屋は、彼一人が住まう部屋ではない。もう一人この部屋に住まう者が居て、彼らは二人でこの部屋を共用する、つまりルームシェアをすることになっている。 実は自分も「どうせなら三人で使おう?」という誘いを、何度も二人から受けたが、やはりいろいろと面倒なこともある気がして、悩んだには悩んだが結局断ったのだ。 実際に一人が使える個室の広さは、自分の部屋の方が広いし、鍵がかかるとは言っても音は聞こえるし友達も簡単に呼べないし、何より彼女を連れてくるとか絶対出来ない。 こいつらは一体どうするつもりなんだと内心思っていたが、結局聞けずじまいだった。 「あいつは?今日来るんじゃなかった?」 もう片方の部屋が全く片付いてないのをちらと見ながら、そう聞いた。 茶髪のショートヘアが新鮮な彼は、不機嫌そうに「なんかラストバイト入ってたとか言って、明日来るんだって。」と言う。「親父が今日しか空いてないから今日行こうって前前から言ってたのに…。」などとぶつくさ言いながら、参考書を今組み立てたばかりという雰囲気の本棚に、しっかり大きさなど整えながら入れていた。 髪の色は変わっても、ちょっと神経質な所は変わっていなさそうだ。 「あいつらしいなぁ。あ、そんで俺何したらいい?」 「とりあえず、キッチンかなぁ。その辺の段ボール開けて、皿とか上の棚に入れてほしいな。あと親父が今から不動産屋に保険の資料送り忘れてたの持っていかなきゃならないらしいし、その間の俺の話し相手頼む!」 そう言って奴は小悪魔的に笑った。さらっとかわいらしいことを言うものだ。 昔は一人でも大丈夫、というようなつんとしたところがあったのに、ある事件を境にこういう性格が開花した。 本当は寂しがりやで甘えたなのだ。 母親が居ない環境で育った彼は、親の愛情を半分しか貰っていない。 父親も今こそ融通の利く地位に居るが、彼がまだ小さい頃にはほとんど家にいなかったらしく、ずっとひた隠しにしてきた誰かに甘えたいという欲求が、今になって外に出てきているのかもしれない。 とはいっても、そういう一面を見せるのは本当に限られた者にだけではあるが。 少し広めのキッチンには、多分先ほど置いたのであろう4人掛けのテーブルがあって、その足元にいくつかの段ボールが鎮座していた。 段ボールの中から覗く皿類を見て、本日二度目、彼はそう思った。 「なぁ、まだ俺の部屋もそこまで片付いてないんだけど。」 少し声を張ってそうぼやいてみたが、「お前はどうせ片付けても片づけなくてもそんなに変わんないだろ?」という一言で一蹴された。 返す言葉も無いところが悔しい。 しばらく作業をしていたら、洗濯機の取り付けが終わったらしく、「ちょっと俺、行ってくるからな!」と言って“親父”と呼ばれた男性は出て行って、二人は最近のことなどあれこれ話しながら、一通りの片づけを済ませたのだった。 二人は少しくたびれた様子で、キッチンのテーブルに腰かけていた。 二人しか住まない筈の家のテーブルなのに、なぜはじめから椅子が三つ置いてあるのか少し不思議だ。 腕時計を確認すると、ここに着いたのは昼過ぎくらいだったが、いつの間にか4時を回ったところだった。 昼飯を食べ損ねたことを思い出して、急に腹が減りだした。 「じゃあ俺そろそろ帰ろうかな?」 「え、マジで?多分もう少ししたら親父帰ってくるし、そしたらどっか飯でも行こうかなって思ってたのに。」 「いや、また今度で良いよ。この借りはちゃーんと覚えとくから。」 「何より、腹減り過ぎて親父さん待ってらんねぇ。」そう言って苦笑しながら席を立つと、財布とケータイしか持ってきてないが、とりあえず何か忘れてないか見渡した。 財布もケータイも、ジーパンのポケットにしっかり入っている。 さっき脱ぎ捨てたダウンジャケットを拾って、さっと羽織った。 「明後日から、新生活だな。大学かぁ。なんか実感無いよ。」 「俺も。まぁ、なんだかんだで俺とお前はおんなじ大学で、あいつは専門学校だけど俺と同じ部屋に住むんだし、あんまり変わんないよ。今まで通り、三人一緒だって。」 玄関に向かいながら二人はそんな言葉を交わした。 玄関で靴を履いている所で、彼に呼び止められた。 「武人。」 武人(たけと)、と呼ばれた青年は、怪訝に振り返る。 「どうした彰?」 彰(あきら)と呼ばれた青年は、ふっと微笑むと、 「また四年間、よろしくな。」 そう言って、右手を出した。 武人もつられて微笑んで、「こちらこそ。」そう言って、その右手に握手した。 「明日、タツが来たら電話して。みんなで飯行こう。もちろん彰の奢りな!」 そう言って武人はニシシと笑う。 彰は「分かったよ。」と言って苦笑した。 握手を解いて、武人は部屋を後にした。 「今日はありがとな!」 彰が後ろから声をかけた。 武人は無言で手を振った。 COPYRIGHT © 2013-2024 one. 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作者 one さんのコメント 現在「小説家になろう!/小説を読もう!」というHPにて『水色の太陽』完結版を連載中です。http://ncode.syosetu.com/n3501br/ 第一章から再編集し、不足分を加筆修正しつつ徐々にアップしています。 終章については一から執筆し直し、完結に導きます。 まだ二章終盤までしか連載していませんが、アップグレード版になりますので一度お読み頂いている方も是非ご一読下さい。 今回は『水色の太陽』続編にあたる『銀色の月』第一話をお試し版として掲載します。続編と言うよりは本編と言う方が正しいのですが、お楽しみ頂ければ幸いです。 こちらも現在同時執筆中で、上記HPにて水色終了後から連載していく予定です。 よければ上記HPにて感想・評価など頂けましたら幸いです。 それでは皆様長い間お待たせいたしました。 「水色の太陽」、再始動いたします!
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