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アルバイト(4)
記事No.257 - 投稿者 : アロエ - 2015/09/11(金)21:31 - [編集]
「やめたい?」
こちらからの申し出に、男の表情は、露骨に難色を示してくる。 過酷な撮影を終え、少年は心身共に疲弊しきっていた。一刻も早く、この男の元から立ち去りたい。余計な揉め事を起こし、これ以上ボロボロの神経をすり減らしたくはなかった。だがそれでも、今ここで伝えなければ、また男はやって来る。また同じ苦しみを、繰り返す羽目になってしまう。 「お願いします……これ以上は、もう限界なんです……」 男へと頭を下げ、少年は必死になって訴えた。 「困るよ、いきなりそんな事言われても。君の作品、かなり評判いいんだから。せめて後二本は、これから撮る予定でいるのに」 「そんな……大体、俺こんな何回も出演するつもりなんか……」 「俺は君に、無理強いをさせたつもりはないよ?」 「………」 「君が自分の意志で、今まで依頼に応じてきたんだろ?」 「だ、だから……それは……」 男からの言葉に、少年は反論に窮してしまう。 初めは、ほんの軽い気持ちだった。少し我慢すれば、それで報酬が貰えるのだと。 今さらながら、少年はかつての浅はかな己の判断と行動を、恨まずにはいられない。こんな素性も知れぬ男に声を掛けられ、なぜ自分は応じてしまったのか。大金をチラつかされ、心を許してしまった愚かさ。男からの誘惑負け、カメラの前に立ってしまったあの日から、自分は何も知らずに破滅へと向かって歩いていたのだ。 「ここまで来たなら、最後まで責任を果たしてもらわないと。こっちだって商売なんだ。君のために、今までいくら払ったと思ってる?」 少年へと、男は冷たく言い放つ。 項垂れた少年の肩が、ブルブルと震える。男にとって、自分は大事な金ヅルだ。それを簡単に手放す気などない。使い潰れるまで、自分はこの男に利用され続けるのだと、少年は改めて思い知らされる。 「何で俺が、あんたの言いなりにならなきゃいけないんだよ!」 抑え続けていた感情が爆発し、少年は声を荒げた。 だがそんな少年に、男は何ら怯む様子はない。 「じゃあどうして、君は今まで何回も応じてきたんだ?」 「………」 「何をそんな、急ぐ必要がある?君はもう、カメラの前で男に掘られる事まで許したんだ。今さら君に、守るものなんて何もないだろ」 「やめてください!」 耐え切れず、少年は泣きそうな声で叫んだ。 「後悔したって、もう遅いんだよ」 男の言葉が、容赦なく少年を追い詰める。 「ここでやめたところで、君の今までの作品はもう世間に広く出回っているんだ。君が今まで何をしてきたのか、俺と縁を切ったところで、もうリセットする事は出来ないんだよ?」 「………」 「考えてみれば、本当に滑稽だね。皆に尊敬されてるサッカー部のキャプテンが、誰も知らないところでは、チンポをギンギンにおっ勃たせて男に犯されてるんだ。そんな姿を見たら、皆どんな顔をするだろね」 男はそう言って、少年を嘲笑う。 もはや、少年に手段など選んではいられなかった。今はただ、ひたすらこの男の慈悲にすがる以外にない。。 少年はその場で膝を屈し、前へ両手をついた。 「何の真似だい?」 「お願いです、もうやめさせてください!」 床へ額を押し付け、少年は男へと土下座して懇願する。 男はそんな哀れな少年の姿を、無言で見下ろす。しばしの沈黙の後、男はフフンと、鼻で笑う様な声を洩らした。 「やめたいのなら、最後に一回だけ、俺とヤラしてくれるかい?もちろん、撮影じゃなくプライベートでだ」 「………」 「返事は?」 「分かりました……それで、終わらせてもらえるなら……」 少年は、覚悟を決める。 だがそんな少年へと、男は軽蔑する様な眼差しを向けてきた。 「君にはもう、プライドってものがないみたいだね」 「………」 「変態のおっさんに土下座して、一円にもならないのにお尻まで差し出すとか、君は悔しくないのかい?」 「願いを聞いてもらえるなら……何だって、します……」 土下座したまま、少年の瞳からは涙が止めどなく溢れ出す。もはやそこに、ボールを追ってグラウンドを駆ける凛々しいサッカー少年の面影は微塵もなかった。 男は、小さく溜息を吐く。 「もういいよ、今のはただの冗談だ」 少年の前へと、男は静かにしゃがみ込む。 「どうして、やめたいの?」 今までとは一転した穏やかな声で、男は少年へと問い掛ける。 「怖いんです……自分が、壊れていきそうで……このままじゃ、ホントに引き返せなくなりそうで……だから……」 内に渦巻くありのままの気持ちを、少年は懸命に訴えた。 少年にとって、それは何ら大袈裟な言葉ではない。最初は男に身体を弄ばれるなど、ただ気持ち悪いだけでしかなかった。金のため、必死に耐えていただけの撮影。だがいつしか、この男に身も心も穢されながら、己の身体は快楽というものを知ってしまった。それは決して忘れる事の出来ない、身体に沁み込んでしまった記憶。 撮影は回を重ねる事に、内容がどんどんエスカレートしていった。だがその要求に抗うどころか、男のされるがままに身を委ね、本気で悦楽に溺れてしまう自分自身。全てを終えて冷静になった時、少年の中に起こるのは後悔ではなく底知れぬ恐怖であった。 「君がそこまで言うのなら、こっちも諦めるしかないね」 その言葉に、思わず少年は男へと顔を上げる。 「じゃあ……」 「ただし、やめるならやめるで、君にはそれなりのスジを通してもらいたいな。顧客は、まだ君の作品を待ち望んでいるんだから」 「それって……どういう意味ですか……?」 「君の代わりになる子を、紹介して欲しいんだ」 「………」 男からの要求に、少年の顔は青ざめていく。 「出来れば、同じサッカー部がいいな。爽やかで、元気のいい男の子が」 「そんな……で、出来ません……!」 「君に、迷惑はかけないさ」 「でも……」 「名前と住所を教えてくれれば、それだけでいいんだ。後は、こっちで上手くやるから。もちろん、君から紹介されたなんて事は絶対に言わない」 「………」 「早く、解放されたいんだろ?」 少年の耳元で、男がそう囁く。 男の言葉に、少年はハッと息を呑む。 解放されるための、新たな生贄。そしてその候補を、少年自身が選択せねばならない残酷さ。だがそれでも、少年の心は激しく揺らぐ。これで、自分はこの男から逃れられるのだ。もう二度と、苦しまずに済む。 「何を迷う必要がある?今日で、君は元の生活に戻れるんだよ?」 止めとばかりに、男は少年の心を蝕んでいく。 「それに君から紹介されたからって、その子がこういう撮影を承諾するかは分からない。その子が拒否するのなら、俺は潔く諦めるよ」 「………」 一人の顔が、少年の脳裏に浮かぶ。 なぜ真っ先に、この相手を想起してしまったのか。少年自身、愕然としてしまう。 (俺は……あいつを……) 同じサッカー部のチームメイトであり、中学からの親友。そして何より、サッカーという同じ夢を共有し、苦楽を分かち合ってきた大切な仲間。だがいつしか、少年の心の奥でかすかな狂気が芽生え始めていく。 (だめだ……俺、何考えてんだよ……) 少年は、必死に己の暴走を止めようとする。『あの一件』は、もう忘れると誓ったはずだった。だがそれでも、少年の中でかつて親友に抱いた惨めさと悔しさが、ここにきて鮮明に蘇ってきてしまう。 「ほら、教えて」 まるで少年の葛藤を見透かす様に、男は絶妙のタイミングで促してきた。 ほんの一瞬、少年の心を闇が覆う。何かが、箍を外してしまう。男へと、少年は口を開けてしまう。 「同じ……サッカー部の、友達で……」 COPYRIGHT © 2015-2024 アロエ. ALL RIGHTS RESERVED.
作者 アロエ さんのコメント 今回はエロなくてすみません。続きは出来るだけ早く投稿します。
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