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アルバイト(6)


記事No.260  -  投稿者 : アロエ  -  2015/09/27(日)16:01  -  [編集]
「こ、これは……」
 声が震える。
 何をどう問うていいのかすら、渉は分からなかった。ありのままの事実が、テレビ画面に映し出されている。カメラの前で無残な仕打ちを受けながら、それでもなお抗えぬ悦楽に耽溺していく親友の姿。
「以前に作った作品さ。君みたいに、偶然見つけた子をスカウトしてね。彼も今岡君に負けず劣らず、すごくいい素質を持っていたよ」
「………」
「何をそんな、驚いた顔してるんだい?」
「この……出演、してるのって……」
「おや?よく見ると、同じサッカー部のユニホームを着てるね。ひょっとして、君も知ってる子なのかな?」
「………」
 あまりにもわざとらしい、山岡の口ぶり。
 だがそんな山岡を前にして、渉は何も言えなかった。今はただ、巨大な無力感に渉の気力が奪われてしまう。
 渉へと、山岡が嘲笑う様な眼差しを向ける。
「ショックかい?友達が、こんなビデオに出演してたのが?」
「な、何で……」
「すぐに、その理由は分かるよ。今ちょうど、問題のゲストが到着したとこだから」
 外の廊下から、何人もの足音が聞こえてきた。
 渉がビデオに心を奪われている内に、部屋の近くで待機していたのであろう。絶妙なタイミングで、三人の人間が部屋の中へと入ってくる。
 その存在を目の当たりにするや、渉は声すら出せずに硬直してしまう。
 大柄で、いかにも屈強そうな身体をした、四十前後といった風貌の男。もう一人も、同年代くらいであろうか。だがこちらは、中肉中背のどこにでもいそうなおじさんといった雰囲気で、前頭部が禿げている。
 だがそんな見知らぬ男二人に、渉は全く意識が向かなかった。
 彼らに左右を挟まれ、俯いて萎縮しきった一人の少年。サッカー部のユニホームを着ていた。ビデオで見ていた、あの映像と全く同じ姿。
「秀平……」
 二人の少年が、向かい合ったまま立ち尽くす。
「どうしたんだい?せっかくこうして友達と出会えたっていうのに、あんまり嬉しそうじゃないね」
 茫然自失の渉に対し、山岡がせせら笑う。
 頭の中が真っ白になっていた。むしろ、もう何も考えたくない。この異常極まりない現実を認識する事が、今は恐怖でしかなかった。
 山岡が、秀平へと視線を移す。
 黙り込んだまま、秀平は何ら反応を示す気配もない。渉へと己の存在を暴露させられ、もはや何もかもを諦めたとばかり、絶望に打ちひしがれたあまりに哀れな姿。
 だがそんな秀平を、山岡が楽しそうに眺めている。
「ほら、君の作品だよ。懐かしいだろ?」
 テレビへと顔を向け直し、山岡が言う。
 映像は、なお流れ続けていた。己の肛門へ深々とディルドを挿入させたまま、今度は山岡のペニスを大胆に咥え込む秀平の顔が、画面にアップで映し出されている。
 秀平は俯いたまま、唇を噛み締めた。
「渉……頼むから、消してくれ……」
 今にも途切れそうなか細い声で、秀平が訴える。
 その言葉に、渉はハッとした。自分がいかに残酷な現状を放置したままでいるのかに、ようやく気付かされる。
 慌ててテレビへと駆け寄り、DVDプレイヤーの停止ボタンを押す。
 渉の行動に、山岡が苦笑する。
「せっかくいいところだったのに、勿体ないなぁ。何なら、そのDVDは君にあげるよ。すごく魅入ってた様だし、続きは家に帰ってからゆっくり楽しめばいいさ」
 プレイヤーから、DVD-ROMを取り出す。即座にその薄い円盤を、渉は両手で二つに割って壊した。
「作品を作った身として、そういう事されるのは、あんまりいい気分じゃないな。それに一応言っとくけど、そのDVDはとっくに発売したものだからね。君がその一枚をどうにかしたところで、もう彼の映像は大勢の人に見られてるんだよ」
 山岡からの言葉に、秀平が今にも泣きそうな表情になる。
 割れた残骸を、渉は床へと激しく叩きつけた。もはやどんなに目を背けたくとも、この現実と戦う以外選択肢は残されていない。
「何で……秀平が……どういう事だよ……」
 秀平へと、渉は問い掛ける。
 だが秀平は、そんな渉を前にして黙り込んだままであった。
 親友の苦渋を、渉も十分に理解している。しかしそれでも、この状況で明確な説明を期待出来るのは、秀平しかいなかった。
 焦燥を募らせ、渉は秀平の間近にまで迫る。
「何なんだよ、これは!」
 秀平の肩を掴み、自然と声を荒げてしまう。
「ごめん……渉……全部、俺のせいなんだ……」
 俯いたまま、秀平は涙声で答えた。
 そんな二人を、男達が嘲笑いながら眺めている。
「あまり、彼を責めないでやってくれよ。秀平君だって、この世界から足を洗いたくて必死だったんだ」
「てめぇ!」
 考えるよりも先に、渉は山岡の胸ぐらを掴んでいた。全ての元凶であるこの男に対し、憎悪が爆発する。
 だが山岡に、何ら動じる様子はなかった。
「俺を殴っても、今の状況は何も解決しないよ?」
「だから、これはどういう事なんだ!」
 渉の肩越しに、山岡は秀平へと視線を向ける。
「ほら、いつまで黙ってるつもりだい?渉君はすっかりパニックになってるよ。ちゃんと、訳を話してあげたら?」
 秀平へと、山岡が促す。
「お、俺……」
 この切迫した状況の中で、もはや秀平も黙っている事は許されなかった。だがそれでも、躊躇った様子で言葉を詰まらせている。
 渉は、そんな秀平の言葉を待つしかなかった。
 だが秀平へと注意を奪われたその時、大柄の男が渉の背後へと素早く回り込む。山岡の胸ぐらを掴んでいた渉を、一気に羽交い絞めにする。
「離せ!」
 激しく抗うも、男はまるで怯む気配はない。
「いい加減にしろ。それ以上暴れるなら、こっちだって容赦しないぞ」
 渉の耳元で、男が低い声で囁く。
 屈強な腕力に、力の差を痛感させられる。身体の動きを拘束され、否応なく渉は冷静にならざるを得なかった。
「渉君がこんな目に遭ってるんだ。ちゃんと自分の口で説明するのが、彼を巻き込んだ事へのケジメってもんだろ?」
 無言の圧力が、秀平を追い詰めていく。
「話します……だから、渉を離してやってください……」
 秀平は、山岡へと懇願する。
 すると山岡が、渉を拘束する男へと視線を向けた。
「田辺、もういい」
 その言葉に、田辺と呼ばれた男は渉を解放する。
「さぁ、これでいいだろ?」
「………」
「渉君に、ありのままの真実を教えてあげなさい」
 しばしの沈黙の後、秀平は渉へとわずかに顔を上げた。だがすぐに、今のこの状況で親友を正視する事が耐えられないとばかり、再び顔を伏せてしまう。
 渉もまた、少しでも秀平の緊張を和らげるべく、あえて顔を背けた。
 やがて、秀平が口を開く。
「俺が……渉を、山岡さんに紹介したんだ……こんな撮影から、早く解放されたくて……俺……お前を……」
 信じ難い秀平からの言葉に、渉は愕然となる。
「秀平……嘘だろ……」
「これで、状況は理解出来たかな?」
「紹介って……俺に、声を掛けてきたのは……」
「ただの偶然だと、思っていたのかい?秀平君から君の事を教えてもらって、最初からずっとマークしてたのさ」
「ごめん……ホントに、ごめん……」
 秀平の瞳から、涙が溢れ出す。肩が小刻みに震えていた。親友を裏切った事実を告白させられ、秀平の心は完全に折れてしまう。
 だがそんな秀平を、山岡がせせら笑う。
「おやおや、君は曲がりなりにもサッカー部のキャプテンなんだろ?そんな泣き虫で、よくチームを率いていられるね」
 秀平へと、山岡の冷酷な言葉が浴びせられる。
 渉は、そんな秀平をただ茫然と見ている事しか出来なかった。
(嵌められた……最初から、何もかも……)
 自分の浅はかさを、渉は思い知らされる。自分や秀平が足を踏みこんでしまったのは、後戻りなど出来ない極めて邪悪な世界。全ては最初から、山岡の掌で踊らされていたのだ。変態ビデオを作って小銭を稼ぐ、哀れなおっさんだと今まで見下していた男が、今や到底太刀打ち出来ない巨大な存在に見えてならない。
「最も、秀平君はただきっかけを作っただけだよ。そこから先は、金に目が眩んで出演を承諾した、渉君自身の責任だからね」
 悪びれる事もなく、山岡が言ってくる。
「だからって……秀平は俺を紹介して、それでもう終わりになったんじゃないのかよ……なのに何で、こんなとこへ……」
「顧客からの、要望さ」
「………」
「秀平君の作品も、かなり人気があってね。復活を望む声が大きかったんだよ。それにぜひ、渉君と秀平君が絡むシーンを見たいって、要望もたくさんあってね」
「ふざけんな!」
 渉は、叫んだ。
「嫌なのかい?君だって、俺みたいなおっさんを相手にするよりは、気心の知れた友達との方がいいだろ?」
「もういい、金なんかいらない!今まで貰ったのも全部返す。だからもう二度と、俺らに関わるな!」
 もはやいくら報酬を提示されようとも、こんな男に利用される気はなかった。今は一刻も早く、ここから逃げ出す事が先決である。相手は三人とはいえ、秀平と二人で死力を尽くして抵抗すれば、何とか最悪の事態は避けられるであろう。
「帰るぞ、秀平」
 渉は、秀平へと呼び掛ける。
 だがそんな渉の言葉に、秀平は何ら応じようとはしない。この状況でなお、立ち尽くしたまま微動だにしない。
「秀平!」
 腕を掴み、強引に親友の身体を引っ張ろうとする。
「もう……何もかも、手遅れなんだ……」
 必死になる渉に対し、秀平はそう力ない声で呟く。
「え?」
 山岡が、不敵な笑みを浮かべる。
「この状況で、君らに断る権利があるとでも?まぁ、帰りたきゃ帰らせてあげるよ。こっちだって、いたいけな少年を無理矢理に監禁するなんて事件は、さすがに起こしたくないからね。ただし、その後に何が起ころうとも、文句は言わないでくれよ?」
「どういう意味だ?」
「君らのあんな恥ずかしい映像の数々が、ネットにうっかり流出なんて事にでもなれば、一体どうなるだろうね」
「てめぇ……」
 怒りと同時に、底知れぬ恐怖が渉の中で沸き起こっていく。
 秀平が、むせび泣く声を洩らす。
「今までいくら、ギャラを渡したかな?確かに高額だけれども、あの程度の金と引き替えにこれからの希望溢れる人生が破滅しちゃ、逆に滑稽でしかないね」
 山岡が、嘲笑いながら言ってきた。
「人間のクズだ……お前ら……」
「そういう世界に関わった、君らの自業自得だろ?」
「………」
「帰りたいなら、帰っていいんだよ?」
 勝ち誇った表情で、山岡はあえて渉へと判断を委ねる。
 だが、もはや渉もそこから動く事が出来なくなってしまう。山岡の言う通り、ここで逃げたところで待っているのは破滅でしかない。今までの映像が、ネットの海へと垂れ流されてしまう。親や友達、そして恋人の目にも、あの醜態極まりない姿が晒されるであろう。自分達は、とっくに袋小路へと追い詰められていたのだ。
 沈黙する二人の少年に、もはや逃げる事も抵抗する気力も残されてはいなかった。
 山岡が、仲間の男達へと顔を向ける。
「撮影の準備、始めてくれ」
 その言葉を合図に、男達は撮影機材の置かれたベッド周辺へと移動する。
 絶望の中で佇む二人の少年へ、山岡は視線を向け直す。
「まぁ、そんな悲しまなくても大丈夫さ。俺だって、こんな脅迫で君らをいつまでも支配するつもりはない。今回の撮影を頑張ってくれれば、今度こそ二度と出演の依頼はしない。君らを、本当に解放してあげるよ」
 ゆっくりと、渉は山岡へ顔を上げる。
「その約束……信じていいんだな……?」
「全力投球で、この撮影に挑んでくれるならね」
 今さら、山岡の言葉を信じる気にはなれなかった。だがそれでも、今はそのかすかな光明にすがる以外にない。
 渉は、秀平へと顔を向ける。
「秀平……」
 無言で、秀平が頷いた。
 渉も、覚悟を決める。こんな卑劣な男に、自分の人生を破滅させられる訳にはいかなかった。この撮影を乗り切れば、自分達はまたいつもの日常に戻れるのだと、渉は自分自身へ懸命に言い聞かせる。
(もう少しだけ……我慢すれば……それで俺も秀平も、救われるんだ……)
 溢れ出しそうになる涙を、渉は必死に堪えた。
「撮影、いつでもOKです」
 機材の調整や確認を終えたらしく、山岡へと小柄な方の男が伝えてくる。
「それじゃ、始めようか」
 渉と秀平へ、撮影の開始を山岡は告げるのだった。


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